受賞のことば
芸術・文学2021年受賞
『エチオピア高原の吟遊詩人 ―― うたに生きる者たち』
(音楽之友社)
1977年生まれ。
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。博士(地域研究)。
日本学術振興会特別研究員(PD)、日本学術振興会海外特別研究員などを経て、現在、国立民族学博物館人類基礎理論研究部准教授。
著書 『ストリートの精霊たち』(世界思想社)、『叡智の鳥』(Tombac/インスクリプト)など。
アフリカでのフィールドワークに基づく、このような土臭いモノグラフに注目いただき、本賞を下さり誠にありがとうございます。これまで私の研究を支えてくれたすべての皆さまに感謝します。
本書でとり上げた、弦楽器マシンコを弾き語るアズマリは、時代の変遷の中で様々な役割を担い生きてきました。王侯貴族お抱えの楽師、戦場で兵士を鼓舞する係、占領軍に抗うレジスタンス、祝祭の場を盛り上げるコメディアン、庶民の意見の代弁者、世相を斬る評論家等、実に多様な顔を持ってきました。現在アズマリは、酒場や宴席、祝祭儀礼を中心に旺盛な活動を繰り広げています。一方、謎の多い集団とされてきたラリベラは、早朝に家々の軒先で歌い、乞い、金や食物を受け取ると、その見返りとして祝詞を与える、いわば門付けの芸能者です。
エチオピア北部の社会において、これらの歌い手たちは人々から畏れられると同時に差別される存在であったといえます。しかしながら歌い手たちはしたたかです。歌声によって空間を異化し、その場を多層的に読みかえていきます。コミカルな歌を通して、あちこちで笑いの渦を巻き起こしたかと思えば、諸行無常や、生と死の底知れない深みについて、じっくり歌い語ります。そんな歌い手たちの声の力と想像力、そして地域社会の人々との豊かなやりとりに強く惹きつけられ、私はエチオピア高原に、何度も何度もひき戻されてきました。本書は、エチオピアの一筋縄ではいかない歌い手たちと私との交流を軸に、私が魅せられてきたアズマリ、ラリベラの活動に迫り、音楽・芸能のありかたをアフリカの地平から相対化して捉え、考えるというねらいを持ちます。乱世を、激しく移ろいゆく世界を、力強い歌声とともに生き抜いてきたエチオピア高原の吟遊詩人の歌に、今後も耳を傾け、体を揺らしていきたいと思います。
感染症の世界的な蔓延、気候変動、各種の紛争、そしてグローバル資本主義の欲望の歯車の加速が引き起こす様々な問題。我々は現在、これら地球レベルの危機に直面しているといえます。人類が置かれている状況について、人類学的な視点に立脚し内省し、危機に応答するビジョンを打ち立て、それをかならずしもアカデミックな論述に固執しない語り口で世に問いかけていく。私はそんな吟遊詩人になることをめざしたいです。