受賞のことば
芸術・文学2020年受賞
『アンチ・アクション―日本戦後絵画と女性画家』
(ブリュッケ)
1976年生まれ。
一橋大学大学院言語社会研究科美術史専攻博士課程後期単位取得満期退学。博士(学術)。
広島市立大学芸術学部准教授、首都大学東京人文科学研究科准教授をなど経て、現在、大阪大学大学院文学研究科准教授。
著書 『ニューヨーク ─ 錯乱する都市の夢と現実』(共著、竹林舎)など。
ごく簡単に述べれば、美術におけるフェミニズムの運動は1970年代に始まり、最初は(そしていまも)歴史からとりこぼされてきた多くの女性美術家の掘り起こしを行ってきました。そして続く数十年は、再発見された芸術家、作品、資料とともに、美術を再解釈し、美術史を編み直す作業が続いています。拙著の研究は、ある側面で、こうしたフェミニズム美術のあゆみを、第二次世界大戦後における日本の美術界に対して試みるものであったと考えています。
ほかのどんな研究の例にもれず、本書の研究も素朴なきっかけがありました。その一つはイギリスの大学に留学していた頃、現代美術の教科書で草間彌生さんのニューヨーク時代のパフォーマンス記録を初めてみたことでした。その頃は草間さんがまだ今ほど知られておらず、このとき私は、この日本人女性の重要な活動を知らなかったことにショックを受けました。日本の美術史においてジェンダーやフェミニズムの問題が議論されはじめたのが、ちょうどその頃だったのは幸運だったとしか言いようがありません。
それでも手探りだった研究生活のなかで、本書の執筆はある目標を持つようになってきました。調査をはじめると間も無く、日本の美術、特に第二次世界大戦以後の前衛芸術運動には、多数の女性芸術家がいることがわかってきました。しかし彼女たちの足跡を辿るために、図書館の床に座り込んで当時の美術雑誌を一枚づつ地道にめくる日が何日も続きました。研究書はそのような時間の蓄積でもありますが、拙著をもってまず、私は、この分野に興味のある人、今後の研究者、そのほか多くの方にこの蓄積を手渡して行きたいと思うようになりました。
次に野望のように抱えた目標が、フェミニズム的想像力を美術の世界に問うことです。女性美術家たちの作品、通ってきた道筋、抱いていた考えが明らかになると、彼女たちの仕事が既存の歴史記述に収まらないものであることがわかってきます。女性が男性中心の芸術世界に生きるとき、自分を歴史の底に埋もれさせることなく、さりとて女性性に限定されないよう創造を続けるには、相当の知恵と勇気が必要でした。彼女たちの仕事の意味をただしく受け取り、新しい歴史を描くことは、これまでにない想像力を駆使して物語を作り上げていくことだと言えます。この研究が、この栄誉ある賞を受賞することができたのは、間違いなく、ここ数年新たな展開をみせている女性学、ジェンダー研究、そしてフェミニズム運動への関心の高まりがあり、新しい物語を受け入れる空気があったからだと理解しています。この受賞を励みに、今後もますますこの領域に貢献する研究を続けて行きたいと、気持ちを新たにしています。