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サントリー学芸賞

受賞のことば

芸術・文学2020年受賞

李 賢晙(い ひょんじゅん)

『「東洋」を踊る崔承喜』

(勉誠出版)

1976年生まれ。
東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻博士課程満期退学。博士(学術)。
宇都宮大学非常勤講師、国士舘大学非常勤講師などを経て、現在、小樽商科大学言語センター准教授。
著書 『東アジアにおけるトランスナショナルな文化の伝播・交流』(共著、国立台湾大学出版中心)など。

『「東洋」を踊る崔承喜』

 この度は名誉ある賞を賜り、心より感謝申し上げます。今回の受賞が崔承喜について、少しでも皆さんに知っていただくきっかけとなりましたら、まことに喜ばしい限りです。
 戦前の日本や朝鮮を行き来しながら芸術活動を展開していた彼女の功績は計り知れないものですが、一方で韓国における崔の歴史的評価は、長らく厳しいまなざしのもとに断じられてきました。本書では戦前の日本や朝鮮で崔の芸術がいかなる形で評価され、また厳しい状況の中、彼女がいかなる戦略で自らの舞踊活動を続けてきたかを探るところから問いかけを始めました。
 舞踊家・石井漠の門下で研鑽を積んだ崔承喜は、1926年に初めて東京に足を踏み入れました。以来、中国で解放を迎える1945年までの間に、日本全国をはじめ、朝鮮、中国、台湾、戦火に巻き込まれる直前のヨーロッパ、そして大戦から逃れてきた芸術家たちで賑わうニューヨーク、さらには南米大陸に至るまで、世界各地を駆け巡りながら踊り続けました。世界中の観客たちを魅了した彼女は、歴史に翻弄されながらも舞踊を続け、政治に利用されることさえも飛躍するための機会ととらえます。時代を逞しく生き抜いた崔は、「半島の舞姫」、「東洋の舞姫」、「世界の舞姫」などと称されたように、一人の芸術家としてではなく、さまざまな背景に応じた姿を体現してきました。崔の舞踊を愛してやまなかった戦前の「崔承喜後援会」の面々は、朝鮮の独立運動家から日本の軍国主義を賛美するジャーナリストに至るまで、職業、イデオロギー、信念、国家観、宗教などを異にするさまざまな背景を持っていました。こうした自ずと軋轢を生じる集団の中で、彼女は戦略的にあえて「宙づり」の状況に身を置くことで、過酷な時代をくぐり抜けたのです。創氏改名の時代にサイ・ショウキとして、またチェ・スンヒとして両立できた所以がここにあります。もっとも、崔承喜はそのような状況にあって、自らの「朝鮮的なもの」が賞賛され、人気を得れば得るほど、民族性が強調され帝国に包摂されるという植民地の矛盾を抱えながら、葛藤し悩み続けてもいました。そうした困難にあって、なおも自分の舞踊芸術を貫き通そうとした崔承喜の生き様は、現在の私たちに大きな示唆を与えてくれます。
 本書の執筆に際しては、崔承喜に対する実証的な研究を旨として、膨大な資料の山に分け入り、道を作りながら議論を切り拓こうと進めて参りました。特に巻末の年譜は長い時間と労力をかけて作成したものです。本書が、今後崔承喜研究を志す方々に微力ながらも資することができましたら、著者としてこれに代わる喜びはありません。

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