受賞のことば
政治・経済2020年受賞
『人類と病—国際政治から見る感染症と健康格差』
(中央公論新社)
1981年生まれ。
東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻(博士課程)単位取得退学。博士(学術)。
日本学術振興会特別研究員(DC2)、関西外国語大学外国語学部専任講師などを経て、現在、東京都立大学法学部教授。
著書 『国際政治のなかの国際保健事業』(安田佳代、ミネルヴァ書房)、『新しい地政学』(共著、東洋経済新報社)など。
国際協調が衰退しゆく情勢の中にあって、国際協調の重要性を強く訴えた本書が、このたび、伝統と栄誉あるサントリー学芸賞を賜りましたこと、大変光栄に存じます。ご関係の皆様、今までお世話になった全ての方に心より御礼を申し上げます。
私はちょうど15年前に大学院に進学し、国際保健協力の研究に着手いたしました。数多くの書物に学びましたが、中でも私に大きな影響を与えてくれた本がございます。E.H.カーの『危機の二十年』です。広く読み継がれてきたこの古典的名著には、より良い国際政治にはユートピアとリアリティの両要素が必要であるということを学びました。「対立より協調を」という理想だけが先行してはならない。現実の国際政治をしっかり見据えた上で、現状より僅かにでもベターな状態を目指して、具体的で現実的な何かを、研究により導き出していきたい。このような思いを胸に、走り続けて参りました。
新型コロナウイルスを巡って、米中対立や自国第一の動きが目立つ現実には、保健協力の歴史を研究してきた者として、深い憂慮を覚えます。感染症の管理には対立ではなく、協調が必要ですし、そもそも各国バラバラの対応に限界を覚えた国々が、現在のWHO(世界保健機関)の原型を生み出したのでありました。他方、対立や分断の影で、ワクチンの平等アクセスに向けて、あるいはWHOの立て直しに向けて、加盟国やGAVIワクチンアライアンスなど多様なアクターの連帯により、歩みが進められていることも事実です。米中対立は簡単に解消できるものではありませんが、そのような冷酷な現実の中でもなお、人類社会は新型コロナの収束に向けて、歩みを続けなければなりません。栄誉ある賞を賜った責務を噛み締め、より良い国際社会に向けた一助となれるよう、地道に研究を続けて参りたい所存でございます。
新型コロナウイルスをきっかけとして、日本においても平時における感染症への備えと緊急時の危機管理体制が十分に整備されていない現状が明らかとなりました。次なるパンデミックに備えるには、グローバルヘルス・ガバナンスの立て直しに加え、地域単位の早期警戒システムや感染症情報共有システムの構築が求められます。中国の台頭や日韓・中台関係の悪化という外交上の課題を抱える東アジアにおいて、具体的にどのような形態の感染症協力システムが可能なのか、目下の研究課題としております。
来年で40歳を迎えますが、学ぶべきことが尽きないと感じる毎日です。今後ともご指導ご鞭撻のほど、どうかよろしくお願い申し上げます。このたびはどうもありがとうございました。