受賞のことば
芸術・文学2019年受賞
『ルネサンス庭園の精神史―権力と知と美のメディア空間』
(白水社)
1975年生まれ。
イタリア・ピサ大学大学院美術史学専攻博士課程修了。博士(文学)。
ピサ大学文哲学部美術史学科リサーチ・アシスタント、マックス・プランク美術史研究所(フィレンツェ)などを経て、現在、大阪大学大学院文学研究科准教授。
著書 『記憶術全史』(講談社)、『叡智の建築家』(中央公論美術出版)など
このたびは栄誉ある賞をいただき、心より感謝いたします。
洋の東西を問わず、庭園は、それを生み出した文明や文化が抱く「理想の世界像」を反映する器としての機能も有していました。たとえば西欧では、狭い敷地を高い壁で囲い、静謐と安逸に満ちた空間を作り出した中世の庭。その壁を取り払って周辺の風景と庭をダイナミックに接合し、自然との豊饒な対話を試みたルネサンス庭園。そのさらなる展開としての、圧倒的な幾何学による自然の完全支配を謳ったバロック庭園。そしてその過度の秩序への反動としてのイギリス風景式庭園──いずれの庭園スタイルも、当時の人々が抱いていた自然観を色濃く映し出していました。
そんな「文化史としての庭園」の魅力に搦(から)めとられたのは、大学院生のころでした。もともと興味があったイタリア・ルネサンス期の建築と美術を勉強してゆくうちに、当時の芸術文化の集大成ともいえる傑作庭園の数々に出会い、たちまち魅了されてしまったのです。幸い8年もの長きにわたりイタリアに留学(ピサ大学)して博士論文の研究をする機会に恵まれ、庭園史研究の世界的な権威の先生のもと、徹底的に庭を歩き、絵画資料を分析し、文献を読み込んできました。
庭園は、水と土と植物、すなわち生きている素材から生み出される繊細な芸術です。たとえ設計図どおりに完成したとしても、その瞬間から変化がはじまります。木々は奔放に育ち、水流は石を削り、風雨にさらされた彫刻は摩滅してゆきます。そんな変化絶え間ない庭を、理想の状態にとどめようとすれば、膨大な管理維持費がかさみます。だからこそ、庭園という空間のなかに当時の最先端の美学が結集され、丹精されてきました。本書はそんな庭園の魅力を、なるべく多くの人々に知ってもらいたいという思いから生まれました。
本書が対象とするイタリア・ルネサンス期の庭園は、とりわけ豊饒な空間を見せてくれます。ところが残念なことに、その多くが、すでに消滅してしまったか、造園当初からは大きく姿を変えてしまっています。その変化の過程もまた、その庭が歩んできた歴史であるという認識を持ちつつも、やはり歴史家としては、造営された当初の、いってみればそれらの庭園の黄金時代をたどってみたい。多様な機能がこめられ、多彩な使われ方がなされた当時の庭園を読み解くには、美術や建築だけでなく、文学、哲学、科学史、メディア史の知見をも柔軟に取り込む学際的な視点が必要となりました。結果として、この本自体が、豊饒なルネサンス庭園を想起させるような、「百学連環」の幾何学花壇となりました。言の葉が舞うテクスト庭園の世界を、本書をひもときながら散策していただければ幸いです。