受賞のことば
政治・経済2019年受賞
『「家族の幸せ」の経済学―データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実』
(光文社)
1976年生まれ。
アメリカ・ウィスコンシン大学経済学博士課程修了。Ph.D(経済学)。
カナダ・マクマスター大学准教授などを経て、現在、東京大学大学院経済学研究科准教授。
論文 “Effects of Parental Leave Policies on Female Career and Fertility Choices”(Quantitative Economics, 10(3)1195‐1232所収, 2019年)など
本書がテーマとしている結婚・出産・子育ては多くの人にとって身近なものであるだけに、誰もが一家言持っています。「あるべき姿」についての主張は善意からなされるものであるとはいえ、その多くは科学的根拠に乏しく、時として人々を悩ませます。本書は、結婚・出産・子育てについての科学的根拠を紹介するとともに、そうした知見をどのように活かせるのかといった点に踏み込むことで、読者一人ひとりにとっての幸せを手にするための助けとしてもらうことを目指しました。
本書で取り上げた研究結果の多くは、若い家族を勇気づけるような前向きなものです。たとえば、保育所通いが子どもの発達に好ましい影響を及ぼすであるとか、母乳育児でなくても子どもの健康や発達に問題がないといった発見は、子育てに悩む人々を少し安心させる材料となるでしょう。一方で、研究結果の中には、若い家族にとって不都合な真実を示しているものもあります。都合の良い結果も悪い結果も踏まえて、自分と自分の家族にとって最善の選択を行ってほしいと考えています。
経済学をはじめとする様々な領域での科学的研究により、結婚・出産・子育てに関わる制度や政策が親と子どもたちにどのような影響を及ぼすのか、かなり明らかになってきました。残念ながら、日本においては、こうした科学的研究から得られた知見が政策に活かされているとは言い難いのが現状です。もちろん、科学的研究だけが政策を方向づけるべきだというわけではなく、人々がどのような社会を望むのかといった価値観に基づいて政策は行われるべきです。しかし、これから行おうとしている政策が、どのような影響を持つのかといった点について科学的な観点から検討されることが必要でしょう。
日本が住みよい社会になることを願う、いち研究者として今後も日本の社会と経済にまつわる様々な実証的研究に全力を尽くしたいと思います。そうした研究にとって決定的に重要になるのはデータです。しかし、プライバシー意識の高まりとともに、調査への協力が得られにくくなっていますし、統計調査の重要性が十分に理解されていないために、そこにかけられる予算規模も縮小される一方です。私達の社会のあり方を正しく理解し、よりよい社会を実現するためには質の高いデータが不可欠です。本書を通じて多くの方々に、統計調査の重要性とデータ分析の面白さの一端を感じていただければ、著者としてこの上なく幸いです。