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サントリー学芸賞

受賞のことば

思想・歴史2018年受賞

山本 芳久(やまもと よしひさ)

『トマス・アクィナス 理性と神秘』

(岩波書店)

1973年生まれ。
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了(哲学専門分野)。博士(文学)。日本学術振興会特別研究員、千葉大学文学部准教授、アメリカ・カトリック大学客員研究員(日本学術振興会海外特別研究員)などを経て、現在、東京大学大学院総合文化研究科准教授。
著書:『トマス・アクィナスにおける人格(ペルソナ)の存在論』(知泉書館)、『トマス・アクィナス 肯定の哲学』(慶應義塾大学出版会)

『トマス・アクィナス 理性と神秘』

 「単に輝きを発するよりも照明する方がより大いなることであるように、単に観想するよりも観想の実りを他者に伝える方がより大いなることである」。これは、トマス・アクィナス(1225頃-1274)が『神学大全』のうちに刻み込んだ数々の美しい言葉のなかでも最も有名なものの一つです。
 「観想する」とは、真理――とりわけ神に関わる真理――をありのままに眺めることです。理性的存在である人間にとって、それこそが至上の喜びを与えるものと古代中世の哲学では考えられてきました。哲学者たちが真理探求の成果として残してくれた「古典」と呼ばれるテクストのうちには、こうした「喜び」がいわば冷凍されて保存されています。彼らの残したテクストをうまく解読しえたとき、その「喜び」もまた解凍されます。読者である我々は、この世界について、人間について、新たな気づきを獲得し、ささやかながらもこの世界の真相により近づいた「喜び」を抱くことができるのです。
 敬愛するトマスがこの世を去った年齢に近づき、「若手」と呼ばれる時期も過ぎ去りつつあることを実感し始めていたここ数年、古典のテクストを読むことの喜びを少しでも多くの人に伝えたい、そして、哲学の専門家でない多くの人にとっても、それが人生におけるかけがえのない意義を持ちうるものだということを伝えたいという思いが抑え切れないほど強くなってきていました。
 そのようななかで、岩波新書を執筆する機会を与えられたことは、私にとって大きな喜びでした。一部の人の眼にしか触れない学術書ではなく、自分が中学生の頃から慣れ親しんできたレーベルの一冊として、トマスを読むことの喜びを多くの人に伝えることのできるまたとない機会が与えられたからです。
 日本で初めて『神学大全』を通読したのは、岩下壮一神父(1889-1940)とその弟子である吉満義彦(1904-1945)でした。彼らは、我が国においてトマスを軸とした中世哲学・カトリック思想が市民権を獲得すべく苦闘しましたが、二人とも、まとまった著作を残すことなく、若くして亡くなりました。
 今回の受賞が私に与えてくれたのは、私個人の努力が報われたことに対する喜びのみではありません。日本ではいまだ充分に知られることのない中世哲学の魅力と意義が多くの人に知られるきっかけとなれば、斯学の道を切り開いてくれた先人たちに対する恩義に少しでも報いたことになると思い、肩の荷が下りた解放感を感じてもいます。
 とはいえ、今回の新書で取り扱ったのは、トマスという巨人のごく一面にしか過ぎません。トマスについても、トマス以外の中世哲学についても、探求し、探求の成果としてお伝えしたいことが、まだたくさん残されています。
 栄誉ある賞に選んでくださった選考委員の先生方、これまで私を支えてくださったすべての方々、そして私の書くものを読んでくださる読者の方々の叱咤激励のもと、「観想し、観想の実り――そして喜び――を他者に伝える」仕事にこれからも日々励み続けていきたいと思います。このたびは、本当にありがとうございます。

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