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サントリー文化財団トップ > サントリー学芸賞 > 受賞者一覧・選評 > 受賞のことば 溝井 裕一『水族館の文化史―ひと・動物・モノがおりなす魔術的世界え』

サントリー学芸賞

受賞のことば

社会・風俗2018年受賞

溝井 裕一(みぞい ゆういち)

『水族館の文化史―ひと・動物・モノがおりなす魔術的世界』

(勉誠出版)

1979年生まれ。
関西大学大学院文学研究科博士課程修了(ドイツ文学)。博士(文学)。
日本学術振興会特別研究員、関西大学文学部准教授などを経て、現在、関西大学文学部教授。
著書:『ファウスト伝説』(文理閣)、『動物園の文化史』(勉誠出版)

『水族館の文化史―ひと・動物・モノがおりなす魔術的世界え』

 このたびは、かくも栄誉ある賞をいただき、心より感謝申し上げます。ご連絡をいただいたときは、嬉しかったのはいうまでもありませんが、驚きもまた、きわめて大きなものでした。といいますのは、『水族館の文化史』がどのような評価を受けるのか、自分でも見当がついていなかったからです。
 この本は、19世紀にヨーロッパで誕生した水族館が、やがてアメリカと日本にわたり、発展していったプロセスをとりあげています。しかし、たんなる歴史で終わらせたくはありませんでした。なぜなら水族館は、ただ水族を展示するだけでなく、わたしたちが水中世界にたいしていだくイメージを表象する場でもあるからです。
 そのような施設は、各時代を特徴づける思考パターンや社会のありかたと密接に結びついています。たとえば19世紀には異文化や自然を支配対象とみなす、帝国主義とのかかわりが随所に見られます。20世紀になると、水族館はドキュメンタリー映像の影響を受けたり、都会の喧騒を離れて非日常世界を訪問したいという期待に応えたりするようになります。いっぽうで、「動物の権利」が主張されるようになったころから、水族館のことを批判的に見る人びとも増えました。
 また、ヨーロッパで水族館が誕生した背景には、かの地における水中世界や水族にたいする伝統的な考えかたもかかわっています。そのため本書では、古代ローマの養魚池文化や、近世の水族研究なども視野に入れております。
 結果的に、各国の水族館を訪問したり、直接関係のある史料を読んだりするだけでなく、古代史、科学史、民俗学などの成果もとり入れながら、ひとつのストーリーにまとめることとなりました。
 それは冒険的な試みで、楽しくもあると同時に、苦労する場面が多々ありました。もっとも大変だったのは、最終章の執筆です。私たちにとって結局、水族館とは何なのか、これからの水族館はどうあるべきかを問う内容でしたが、水族館人ではない立場で、いや、むしろそうであるからこそ、何を語ることができるのかを考えながら書きました。
 その本を、こうして評価していただけたことは望外の喜びでございます。そして、国境をこえて、また分野の壁をこえて、ひとと動物の共生を問いかけていく今回のアプローチを、強く後押ししていただいたものと信じ、今後ますます興味深い研究をおこなうべく、邁進していきたいと思います。
 誠にありがとうございました。

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