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サントリー学芸賞

選評

社会・風俗2024年受賞

渡辺 将人(わたなべ まさひと)

『台湾のデモクラシー—メディア、選挙、アメリカ』

(中央公論新社)

1975年生まれ。
シカゴ大学大学院国際関係論修士課程修了。早稲田大学大学院政治学研究科より博士(政治学)。
コロンビア大学、ジョージ・ワシントン大学、台湾国立政治大学、ハーバード大学にて客員研究員、北海道大学大学院准教授などを経て、現在、慶應義塾大学総合政策学部、大学院政策・メディア研究科准教授。北海道大学大学院公共政策学研究センター研究員を兼任。
著書 『アメリカ映画の文化副読本』(日経BP/日本経済新聞出版)など。

『台湾のデモクラシー—メディア、選挙、アメリカ』

 2024年、台湾総統選が実施され、民進党が勝利し、頼清徳政権が誕生した。独立志向の強い候補が当選した場合、中国が武力行使に走るのではと危惧する声はかねてより囁かれていたが、案の定というべきか、新政権発足後、中国政府は大規模な軍事演習を繰り返している。
 本書は、こうして緊迫した状況に置かれている台湾についての理解を促す。米国研究者として知られる著者が、なぜ台湾について書いたのか、いぶかしむ向きもあるかもしれない。実は著者は米国留学後、現地で米国連邦議会やニューヨーク民主党の大統領選・上院選本部で働いた経験を有する。そこで台湾の外交官やローカルメディアのロビイング活動に触れ、あるいは中華系市民の票固めに携わったことから関心を芽生えさせて以来、台湾研究は10年に及ぶ。加えて日本でテレビ局の政治部記者として働いた経歴を持つ著者は、メディアの振る舞いを批判的に検証できる知見も備えている。米国との関係を視野に入れつつ、特にメディアと選挙に注目して台湾のデモクラシーを考察した本書は、そんな著者によって、まさに書かれるべくして書かれたものだ。
 台湾のデモクラシーは若い。国民党の一党独裁が長く続き、総統が直接選挙で選ばれたのは1996年になってからだ。民主化してまだ日の浅い台湾が、しかし、2022年の英『エコノミスト』誌の民主主義指数ランキングで世界10位に選ばれ、アジアでは日韓を押さえて首位に立つ。そんな「大躍進」を可能とした理由を求めて、著者は台湾の現代史を丁寧に読み直してゆく。
 台湾の社会的特徴として構成の複雑さがある。大陸出身の家系か、古くからの台湾人か、漢民族か、それ以外か、少数民族か、どの言語文化に属するか…。多様なアイデンティティで細分化された社会は通常なら統合に困難を来すはずだが、台湾のデモクラシーは、中・台ナショナリズムを両極に配置し、その「内」側に「台湾人」であることを新たなアイデンティティとする中間層を厚く育て上げた。本書が描き出すその軌跡は、社会的分断が秩序の「外」側に逸脱する極右・極左勢力を生み出しがちな、日本を含めた他の民主主義国家にとって学ぶべき点が大いにある。
 著者は訪台しての調査もしばしば実施しており、それが著者に危機的状況へ立ち向かう台湾デモクラシーの勁(つよ)さを実地で実感させる機会となった。こうして書き上げられた本書は、日本では自称リベラルが繰り返し口ずさむ「お守り言葉」(©鶴見俊輔)になりかけている感のある民主主義(デモクラシー)が、現実に働きかける確かな力を備えた理念であると気づかせてくれる。たとえば、同じ言葉を話し、同じ文化的ルーツを共有する「中華圏」に成熟した民主国家が成立しうるという事実は、中国の権威主義的統治者にとってはなによりの脅威だろう。情報統制をくぐり抜けて台湾デモクラシーに共感共鳴する動きが国内に広がれば体制を足元から揺るがすことになりかねないからだ。
 本書が、今回の受賞を弾みとして、台湾有事がデモクラシーをめぐる攻防戦でもあることをより多くの読者に再確認させるとともに、日本のデモクラシーについて省みる機会をもたらすことを願う。

武田 徹(ジャーナリスト・評論家)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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