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サントリー学芸賞

選評

社会・風俗2021年受賞

竹倉 史人(たけくら ふみと)

『土偶を読む ―― 130年間解かれなかった縄文神話の謎』

(晶文社)

1976年生まれ。
武蔵野美術大学造形学部映像学科中退。
東京大学文学部宗教学・宗教史学科卒業。東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻博士課程満期退学。
独立研究者として大学講師の他、講演や執筆活動を行う。人類学者。
著書 『輪廻転生』(講談社)など。

『土偶を読む ―― 130年間解かれなかった縄文神話の謎』

 「私は精霊が示す“かたち”を受け取り、縄文人たちと同じように、そこから目に見えない精霊の身体を想像した」――縄文時代から降りてきた霊媒を自認するような、著者の神秘的ことあげ。「直観的なヴィジョン」「縄文脳インストール作戦」など、いわゆる学術論文の形式を学問の正当派とする認識からは、あるいは本書の叙述は受け入れ難いかもしれない。
 しかし、こうした過去にむきあう姿勢は、オランダの文化史家ヨハン・ホイジンガが歴史学者に必須の能力と位置づけた「歴史的洞察力」に近い。縄文人の視点にたち、当時を追体験して、土偶に託された人々の心性を明らかにする――。一見突拍子がないようにみえて、本書の方法論は、過去の人々の視点を追体験する歴史叙述を旨とした、文化史、心性史の泰斗の方法に通じ合う。
 土偶を人体のデフォルメや女性像とみなす“通説”を覆し、本書は、イギリスの人類学者ジェームズ・フレイザーの『金枝篇』における植物霊祭祀にも触発されて、土偶は縄文人の食用植物の形象であると説く。ハート形土偶とクルミ、さらには、現代のクリのキャラクターと土偶の形状との類似性の指摘など、著者の視覚表象の分析は、過去から現代へと縦横無尽にかけめぐる。新説を単なる思いつきのイメージ連鎖に終わらせないよう、オニグルミの分布との関連性など、当時の植生や食生活の実態も視野に入れ、実証的に議論を進めようとする。
 この新説を疑問視する「専門家」もいるかもしれない。しかし、「専門家」という鎧をまとった人々のいうことは時にあてにならず、「これは〇〇学ではない」と批判する“研究者”ほど、その「○○学」さえ怪しいのが相場である。「専門知」への挑戦も、本書の問題提起の中核をなしている。
 同じ著者による『輪廻転生 ―― 〈私〉をつなぐ生まれ変わりの物語』(2015年)も、古代ギリシア哲学から現代日本社会の「スピリチュアリティ」まで、時代と地域を横断して人類の宗教的心性を比較文化的に論じており、特定の時代や地域に限定されがちな「専門性」から自由な「知」のありようを示している。
 本書が豊富に含む土偶の形象は評者に、北米の女性たちによる古代ギリシアの女神崇拝運動を連想させた。著者が『輪廻転生』で言及した、女神アナンケや運命の三女神たちが体現する宗教性は、潜在的に、著者が感得したという日本の土偶の「精霊」にも通じ合わないだろうか。子抱き土偶を母子像とみなす通説と、子供をトチノミとみなす著者の説は矛盾せず、土偶は植物像でありかつ女性像でもあるとはいえないだろうか――。若き日の夏休み、黙々と住居址を発掘していた当時の考古学の恩師の著書(関俊彦『エーゲ文明 ―― クレタ島紀行』)なども読み返しながら、日本の土偶は、縄文人固有の心性の所産なのか、はたまた人類の古代文明に共通するある種のアーキタイプの表出なのかと、評者は思いをめぐらすのであった。
 「学」と「芸」の双方を備える著作こそがふさわしいとされる本賞の理念を体現する可能性を秘めた一冊として、選考委員会は大胆に本書を評価した。学術と評論のあわい、「専門」の内外を往還する生産的「知」の対話が、本書によって喚起されることを期待する。 

佐伯 順子(同志社大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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