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サントリー学芸賞

選評

社会・風俗2021年受賞

小島 庸平(こじま ようへい)

『サラ金の歴史 ―― 消費者金融と日本社会』

(中央公論新社)

1982年生まれ。
東京大学大学院農学生命科学研究科農業・資源経済学専攻博士課程修了。博士(農学)。
日本学術振興会特別研究員(DC2)、東京農業大学国際食料情報学部助教などを経て、現在、東京大学大学院経済学研究科准教授。
著書 『大恐慌期における日本農村社会の再編成』(ナカニシヤ出版)など。

『サラ金の歴史 ―― 消費者金融と日本社会』

 バルザックの『人間喜劇』にはゴプセックという、冷酷非情だが、将来有望な若者には寛容な条件で融資に応じる古典的な高利貸が出てくる。いっぽう『役人の生理学』というモノグラフィには役人仲間に小金を融通して利息を稼ぐ素人高利貸が登場する。本書を読むと「サラ金の源流は、顔見知りの間で行われる個人間金融にあった」とあるので、サラリーマン金融の原点は前者ではなく、後者だとわかる。
 すなわちサラ金は質屋と違って担保を取らないので、素性を知らない相手をどうやって信用するかが問題となるのだが、本書の読み所は、こうした金融にまつわる情報の非対称性がサラ金によってどのように克服されていったかを見事に描き出した点にある。
 社(省)内金融の場合、与信は濃密な人間関係によって支えられていた。では、サラ金の草分け業者が会社を辞めて団地金融を始めたとき、彼らは与信の根拠を団地生活者のどこに見出したのだろうか?これが著者の最初の疑問である。同質性とライバル意識を特徴とする団地主婦の消費行動も原因の一つだが、著者は団地金融の成功はむしろ与信の借用にあったと指摘する。日本住宅公団による年収等の厳しい入居審査があったので、貸付審査を省略できたのだ。「団地に入居しているという事実を根拠に顧客を信用し、信用情報を収集するコストを大幅に節約したのである」。この貸付審査の省略が日本におけるサラ金の急成長の原因であり、以後、サラ金は他人が金をかけて行った信用調査をローコストで借用することに知恵を傾ける。
 団地金融が迅速さ競争のコスト高で行き詰まると、いよいよサラリーマンに対象を絞ったサラ金が登場してくる。だが、なぜ対象がサラリーマン限定だったのか?サラリーマンは会社に縛られ、上役や同僚への体面もあるので、個人事業主とちがって夜逃げしないし、給料日は必ず巡ってくる。だから、健康保険証と給与支払い明細書だけで(初期には一名の連帯保証人を必要とする業者もあった)少額を貸すという金融業が成立したのだ。融資対象者を上場企業の社員か公務員に限定したことでさらなる飛躍を勝ち取る業者も出てくる。信用調査に代えるに、役所や企業の入社試験をもってしたのだ。
 このように、サラ金の歴史を調べていくことにより、サラ金は日本社会、とりわけサラリーマン社会のハビトゥスに巧みに適応することで業績を伸ばしていったことが分かる。その最たるものは、生活苦のような「後ろ向き」の理由を挙げる者には融資しないが、ギャンブル、ゴルフ・旅行、飲食などのために借金する者にはこれを「前向き」と評価して積極的に融資したことである。
 なぜなのか?会社の人事評価の基準を与信に流用したのだ。「情意考課の下で出世を望むのであれば、職場の飲み会や接待・ゴルフなどに積極的に参加したり、気前よく部下におごったりするなど、つきあいのよい人格円満な人物として周囲にアピールせねばならない」。
 サラ金の歴史を考察することで、サラリーマン社会という日本特有の中間団体の特性まで明るみに出した傑作で、社会・風俗部門にまことにふさわしい受賞作といえる。 

鹿島 茂(作家、フランス文学者)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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