選評
政治・経済2018年受賞
『パチンコ産業史―周縁経済から巨大市場へ』
(名古屋大学出版会)
1971年生まれ。
東京大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済史専攻)。博士(経済学)。
首都大学東京都市教養学部経済学系研究員、東京大学大学院経済学研究科特任准教授などを経て、現在、北海道大学大学院経済学研究院准教授。
著書:『「在日企業」の産業経済史』(名古屋大学出版会)、『企業家学のすすめ』(共著、有斐閣)など
パチンコは、日本中どこにでもある。一度でもパチンコをしたことがあるという人は相当な数になるだろう。多くの人がパチンコをすることで時間を使っているのは事実であり、本書によれば20兆円の産業になっているという。パチンコは、パチンコ玉をゲームで獲得し、それを景品に交換するという仕組みで法律上はギャンブルではない。しかし、特殊景品と交換できる。それを景品交換所で現金と交換できるので、事実上、ギャンブルである。パチンコの依存症になって社会的な問題を起こすということも時々話題になる。パチンコ産業の歴史を分析するというのであれば、多くの人は、法律のぎりぎりのところで成長してきたことから、地下産業に関する議論を期待するだろう。実際、多くの研究や書物では、脱税、暴力団との関係、民族マイノリティの関わりや外国への送金という側面に焦点が当てられてきた。加えて、規制当局である警察との関係もパチンコ産業の歴史には欠かせないものだろう。
そうした視点が重要なのは事実ではある。しかし、パチンコ産業の当事者からみれば、つぎつぎと変わっていく規制や技術にいかに対応していくかということの歴史であった。その側面に限って言えば、多くの産業が直面している問題と本質的に変わらないのだ。例えば、派遣労働業界は、派遣法規制が変わっていく中で、その規制に対応してビジネスモデルを変えてきた。出版業界は、インターネットや電子書籍の登場で、ビジネスモデルの大変革を迫られている。自動車の排気ガスの規制強化が、日本の自動車産業の技術革新を促して、成長のきっかけになったこともあった。少子高齢化という環境変化が子供向けの産業にビジネスモデルの変更を迫った。
本書のオリジナルなところは、多くの人がパチンコ産業は特殊な産業だと思っている中で、規制への制度的対応、技術革新と規制の関係、新しいビジネスモデルの開発というどの産業にも普遍的な枠組みで分析しているところである。しかし、細かい技術的変化、制度的変化とそれにどのようにパチンコ産業が対応していったかを調べるのは、容易な作業ではない。パチンコ業界の個別企業のデータを手に入れる必要があるからだ。著者は、そうした入手困難なデータを入手し、インタビューを行い、パチンコ業界といういわば特殊な産業の歴史を経済学的に分析する。
例えば、パチンコ業界が、射幸性の程度について時代によって変化する規制に対応していく過程、技術開発の促進と普及を図るための特許の扱いの制定、暴力団を排除するための換金制度の制定などが、データをもとに論証されている。新しいパチンコ台の特許を守るための相互監視システムの構築や景品交換所での換金に障がい者や未亡人という社会福祉と組み合わせて公的性格を持たせるという工夫は、一種のイノベーションだろう。また、1980年代に入ってのパチンコ店の大型化、郊外立地についてもGIS(地理情報システム)や個別企業の資料を用いてその戦略を検討している。著者の優れた文章力と経済学的な思考力が印象的である。
大竹 文雄(大阪大学教授)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)