選評
政治・経済2018年受賞
『立憲君主制の現在―日本人は「象徴天皇」を維持できるか』を中心として
(新潮社)
1967年生まれ。
上智大学大学院文学研究科博士課程修了(西洋史専攻)。博士(史学)。
神奈川県立外語短期大学教授、関東学院大学文学部教授などを経て、現在、関東学院大学国際文化学部教授。
著書:『近代ヨーロッパ国際政治史』(有斐閣)、『物語イギリスの歴史(上・下)』(中央公論新社)など
政治現象とは権力によって生じるものであり、政治分析の焦点は権力にある、という考え方は、今日の政治学の根幹をなしている。
権力、すなわち自分以外の個人や集団に何かを強いる力こそが、政策選択を含むさまざまな政治現象を生み出すのだから、政治学はそれを理解するための学問であるべきだ。こう考えるとき、政治学は社会科学の一領域として、経済学や社会学と並び立つことになる。
しかし、政治には秩序を生み出し、維持するという役割もある。この役割には、政治ではなく統治という言葉が与えられることが多い。秩序がどのように作られ、維持されているのかを考察する学、すなわち統治の学として政治学を捉えるならば、憲法学をはじめとする法学、そして歴史学との関係は強まる。
君塚氏がこれまでの諸業績において解明してきたのは、秩序を生み出し、維持する統治が、いかなる原理や制度、人々によって担われてきたのか、という問題である。イギリス二大政党制の確立期における首相奏薦メカニズムの分析から出発し、イギリス国王が果たす役割の変遷を追究してきた同氏は、権力という要素に収まりきらない統治の本質に、一貫して目を向けてきた。
その延長線上に『立憲君主制の現在』があることは論を俟たない。本書は、分析の対象をイギリス一国から大陸ヨーロッパやアジア諸国にまで広げ、今日の立憲君主が統治に対していかなる役割を果たすのかを明らかにする。柔らかく読みやすい文体から受ける印象とは正反対に、現代政治における「君臨」の意味を探求した骨太な著作である。
本書においては、国教会の首長ではなくなることによる多文化共生への配慮、退位を通じて高齢になったときの身の処し方の提示、絶対的長子相続制によるジェンダー平等の推進など、現代の君主と王室は新しい社会的行動規範を積極的に受け入れ、各国の統治にとって重要な役割を果たしていることが、多くの事例から明らかにされる。
立憲君主制を語る上でしばしば用いられる「君臨すれども統治せず」という常識的表現には、政治を権力のみから考え、統治の複雑性を過度に捨象するという視野狭窄があるのではないか。本書からは、そのような問いかけも導ける。それは、歴史学の手法で政治を分析してきた君塚氏ならではの、政治学への問いかけかもしれない。
大きなテーマであるだけに、なお残された課題もあろう。たとえば、現代の立憲君主制が持つどの要素が、いかなる契機によって統治に役割を果たしうるのか、帰納的であっても一般化された知見を得たいように感じる。日本の皇室の将来像についての議論に当たっては、貴族がいないことなど考慮すべき他の要因もあるのではないだろうか。しかし、イギリス王室を知り尽くした練達の書き手である君塚氏は、それらの課題を既に十分認識しているに違いない。今後のさらなる展開が期待される。
待鳥 聡史(京都大学教授)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)