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サントリー学芸賞

選評

政治・経済2018年受賞

阿南 友亮(あなみ ゆうすけ)

『中国はなぜ軍拡を続けるのか』

(新潮社)

1972年生まれ。
慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学(政治学専攻)。博士(法学)。
東京成徳大学人文学部専任講師、東北大学大学院法学研究科准教授、米国ハーバード・イェンチン研究所客員研究員などを経て、現在、東北大学大学院法学研究科教授、同大学公共政策大学院院長。
著書:『中国革命と軍隊』(慶應義塾大学出版会)、『シリーズ日本の安全保障5 チャイナ・リスク』(共著、岩波書店)など

『中国はなぜ軍拡を続けるのか』

 1997年、中国の国防費の規模は、日本の2分の1だった。十年後の2007年、中国の国防費は日本の2倍以上となった。さらにその十年後の2017年、中国のそれは日本の5倍に膨れ上がっている。(ストックホルム国際平和研究所)
 一体、中国は何のために、こうまで軍拡を続けるのか。そもそもなぜ、中国において軍拡が展開されるに至ったのか。
 軍拡の背景に、1989年の天安門事件がある。そこで露になったことは、党は共産党独裁を守るために戒厳令を布告し、最後は、人民解放軍が学生と市民を虐殺したという真実だった。中国では、治安維持にかかる経費は「公共安全費」という支出項目のなかに組み込まれている。2011年以降、その支出が国防費を上回る状態が続いている。このことは、中国国内の反体制的力学がいかに強いかということを物語っている。
 そして、天安門事件後生まれた江沢民政権の誕生が、軍拡の起点となった。
 江沢民は、上海市党委員会書記として上海市内での学生デモを封じ込めた手腕を買われ鄧小平と保守派長老によって1989年6月、総書記に抜擢された。半年後、鄧小平は、中国の支配者の証である党中央軍事委員会主席の椅子を江沢民に譲った。そして、かつて第二野戦軍時代の鄧小平の部下で当時、委員会副主席だった劉華清上将を党中央政治局常務委員に引き上げた上で、江沢民の後見人にすえた。軍に人脈のない江沢民の中央軍事委員会での地位を補強するためである。江沢民は、軍の整備と将兵の待遇を改善するために国防費を大幅に増やすと宣言した。解放軍の能力と党に対する忠誠心を高めるための措置だった。劉華清らが裏で解放軍幹部の給与の大幅アップを江沢民に要求したことは言うまでもない。
 1989年以降、中国の国防費の公表額は、ほぼ毎年10%以上増え続けている。今日に至る軍拡路線は、こうして始まった。中国の国防費は独裁政権の存続に必要なコストという側面も持っている。「そのコストが年々上昇し続けていることは、共産党の統治が軍に大きく依存せずには成り立たず、その依存度が拡大傾向にあることを示唆するもの」であると筆者は言う。
 中国の対外政策を分析する上で、押えておくべきことは、内政の必要が外交・軍事の方向を決める、そして、統治が戦略を規定するという動態である。党中央軍事委員会を束ねるものが中国を支配する、党が軍を支配するのである。その脈絡を筆者は鮮やかに隈取っている。
 惜しむべきは、習近平時代が本書の分析スコープに十分に入っていないことである。
 軍拡路線が量だけでなく質の面でも急速に進んでいるのかどうか。
 AIスーパーパワーとして異形のAI軍事力を生み出すのか。
 AIとビッグデータは、社会監視と政治統制を強化し、強権体制を延命させるのかどうか。
 そのモデルは、民主主義国との間で、新たな体制・システム競争をもたらすのか。
 筆者に今後、期待する研究テーマは多い。
 西側がこれまで維持してきた「関与」政策は、中国との政治体制の差異に起因する摩擦はやがて克服されるという希望的観測にもとづいている、そして、経済で結びついてさえいれば、日中関係は安定するという言説は、もはや説得力を失った――「おわりに」で、筆者が発する警告はずしりと重い。

船橋 洋一(アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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