選評
思想・歴史2017年受賞
『全国政治の始動 ―― 帝国議会開設後の明治国家』
(東京大学出版会)
1985年生まれ。
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了(日本文化研究専攻)。博士(文学)。日本学術振興会特別研究員を経て、現在、北海道大学大学院法学研究科准教授。
論文:「中央銀行総裁の政治権力 ― 日清戦後における金融と政治」(『史学雑誌』第121編第4号所収、2012年)など。
近代日本において、いつ「全国政治」が成立したのか。考えてみると、けっして容易に答えられる問いではない。言うまでもなく、江戸時代の日本には、幕府という中央権力がある一方、全国は三百諸藩に分かれていた。それぞれの地域にはそれぞれの政治があり、明治になったからといって、直ちに全国各地の諸利害を集約する「全国政治」が成立したわけではない。
「全国政治は一日して成らず」。それなのに私たちは、何となく明治維新や、その後の藩閥政治や自由民権運動の展開を見て、いつの間にか「全国政治」が生まれたのだと思い込んでしまう。その場合も、横暴な藩閥権力に対し、議会開設と立憲政治を掲げて抵抗する民党の対決という、いささか「わかりやすい」図式に安住しがちである。
このような図式に挑戦する歴史研究が近年、次々に登場しているが、本書もまたその先端を行く著作である。何より、「全国政治の始動」というテーマを正面から掲げている点にこそ、本書のねらいと主眼がある。具体的には、帝国議会が開設された1890(明治23年)年から10年ほどの期間に著者は注目する。
これは興味深い問題の立て方だろう。1870年代から80年代にかけての自由民権運動の高まりの時期でもなければ、日露戦争を経験して国民統合が進んだ20世紀の初頭の時期でもない。ある意味で、その中間にある、私たちにとってイメージを持ちにくい10年間にこそ鍵があるというわけだ。
取り上げるテーマも、ある意味で地味である。戦争や外交、憲法や選挙制度といった目立つ争点ではなく、本書が詳細に検討するのは、北海道政策、地価修正政策、治水政策、そして銀行政策といった、主として地方政策である。本書の多くが、歴史学の専門的・個別的な研究論文として執筆されたということもあり、読者はあるいは個別的記述の海の中で、議論の流れを見失ってしまうことがあるかもしれない。
しかしながら、本書の醍醐味はまさにこのような主題の選択にある。帝国議会開設からの10年間、「民力休養」を掲げて政府の政策に抵抗する民党に対し、藩閥政治は明らかに限界を迎えていく。結果として、元老である伊藤博文は自由党に接近し、山県有朋の閥も専門官僚集団へと再編され、独自に政党との回路を求めていく。ある意味で、限界を迎えた藩閥が、自らを補完する勢力として政党に目を向けていくプロセスこそが、本書の分析対象となる。
藩閥政治が再編されるなかで、政党もまた変容していく。その具体的展開は、開拓地である北海道、地域間統合の新たな駆動力となった治水、さらに地域産業の振興を支えた日本銀行と政党の関わりにおいてこそ、鮮やかに浮かび上がる。非藩閥出身者が多く、初期の明治国家の地方政策を支えた地方官の果たした役割を含め、本書の分析は、「そこに鍵があったか」という発見に満ちている。
現在日本においても、あらためて全国政治と地方政治の関わりに注目が集まっている。地方政治が先行し、それに遅れて全国政治が生まれ、両者のリンケージが繊細に整備されていったという本書のメッセージは、現代的な示唆を与えてくれるはずだ。
宇野 重規(東京大学教授)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)