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サントリー学芸賞

選評

芸術・文学2017年受賞

加藤 耕一(かとう こういち)

『時がつくる建築 ―― リノベーションの西洋建築史』

(東京大学出版会)

1973年生まれ。
東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(建築学専攻)。博士(工学)。
東京理科大学理工学部建築学科助手、パリ第4大学客員研究員(日本学術振興会海外特別研究員)、近畿大学工学部建築学科講師などを経て、現在、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻准教授。
著書:『ゴシック様式成立史論』(中央公論美術出版)、『「幽霊屋敷」の文化史』(講談社)など。

『時がつくる建築 ―― リノベーションの西洋建築史』

 古くなった建物がある。かなり年月が経って劣化が進み、このままでは使えそうにない。どうするか。壊して更地にし、新しい建物を作ればよい、そう考えるのが普通だろう。ただし、その建物が歴史的、文化的に重要な意義を持つならば、修復し保存することになるかもしれない。しかし、さらに別のやり方もある。元の建物を残しながら手を入れて再利用するという第3の道で、最近よく耳にするようになった「リノベーション」にほかならない。
 西洋建築史を既存建物の「再利用」という視点から再検討した本書の貢献は、このリノベーションが実は古代以来もっとも歴史の長い第1の道であることを明示し、それこそが成長時代から縮小時代に移行しつつある現在の建築的課題に最も適した解決策であると主張した点にある。古代の円形闘技場が軍事要塞や住宅と化したり、ギリシア神殿がキリスト教聖堂に変わったり、修道院が監獄になったり、鉄道の駅が美術館として蘇生したりと、部材転用(スポリア)も含めた建築物の長大な再利用史がある。その上に16世紀から始まったスクラップ&ビルドの「再開発」、19世紀に誕生した文化財としての「修復保存」の歴史が重なるという見取り図はすこぶる興味深く、従来の建築史観の転倒を迫ってくる。ゴシック建築を専門としている著者だからこそ、「野蛮な」ゴシックを清算するためにルネサンスの新築主義が興り、近代のゴシック再評価とともに文化財の修復保存運動が始まったという流れを明快に見通せたに違いない。
 ともあれ、時間という要素を捨象し、竣工時の建築様式をカタログ化した「点の建築史」から、時間の中で生きられたものとして建築の転生を捉える「線の建築史」への転換を提唱する著者の建築時間論は魅力的だ。建物に関して、時間をリセットしたり(再開発)、時間を巻き戻したり、凍結したりする(修復・保存)のではなく、ポジティヴに時間を前へ進めること(再利用)。ゼロからの新築が前提となる20世紀のモダニズム建築を自明視する束縛から脱却し、既存建物の創造的なリノベーションを推し進めようとする姿勢の前には、かつて一世を風靡したポスト・モダニズムもコップの中の嵐に見えてしまう。
 西洋建築の調査研究と問題提起が融合した本書において、当然日本への言及はほとんどないが、日本人の新築信仰への疑念は表明されている。現代日本の建築物、日本人の建築観が今後どのように変化していくのか明確には予測できないが、身の丈にあった真に豊かな社会を作るためには建築の将来を考えることが必要であることは論を俟たない。そのとき、近代に生まれた経済性優先の「再開発」と倫理性重視の「文化財保存」とは別に、過去を生かしつつ未来に歩みを進める「再利用」の思想と実践を取り入れることこそが、我々が生きる時代の核心に触れる行為であることを本書は教えてくれる。
 広い歴史的な視野から建築の現在について考察すること。文化論、文明論への展開も予見させる、新世代建築史家の今後の活躍を期待するばかりである。

三浦 篤(東京大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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