選評
政治・経済2017年受賞
『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』
(光文社)
1982年生まれ。
カリフォルニア大学バークレー校博士課程修了(農業資源経済学専攻)。Ph.D.。
スタンフォード大学経済政策研究所研究員、ボストン大学ビジネススクール助教授を経て、現在、シカゴ大学公共政策大学院ハリススクール助教授。
著書:『スマートグリッド・エコノミクス』(共著、有斐閣)など。
本書は、シカゴ大学助教授で環境・エネルギー政策の政策評価で国際的な業績をあげている伊藤公一朗氏による統計的因果分析に関する第一級の啓蒙書であると同時に、彼自身の最新の研究成果を紹介しているという意味で研究書としての側面も併せ持っている。巧みな文章と説明によって、非常にわかりやすく説明されているので、どのようなバックグラウンドの人でも理解できる。
ビッグデータが容易に手に入る時代になって、様々な相関関係を計測することができるようになってきた。私たちがネットで買い物をすると、その商品を買った他の人たちが買っている別の商品がお勧め情報として提示される。これは、相関関係をもとにしたデータ利用である。しかし、この情報だけでは、どのような販売戦略が消費を増やすのかとか、新しい政府の政策が雇用を増やすのか、といった因果関係を知ることはできない。二つの指標の間に相関関係があったとしても、別の変数が二つの変数に同時に影響を与えていることを示しているだけかもしれない。あるいは、想定していたものと逆の因果関係から相関が高く見えているだけかもしれない。本書では、因果関係を見極めるためには、どのようなデータを作るべきか、既存データでは何が分析できるのかが、自身が行った研究例を通じて説明されている。
実際、因果関係を明らかにするための手法は、既に様々な分野で活用されていることも本書で紹介されている。例えば、オバマ前大統領は2012年の選挙戦で、因果関係を見極めることができる統計手法を使って、支援金を集めるためのウェブサイトのトップページのデザインを工夫した。その結果、当初案の画面に比べて約72億円の追加的支援金を集めることができたという。グーグルは、ウェブサイトの文字の色と閲覧者数の因果関係を分析して利益を増やしている。このように、データから因果関係を明らかにすることで、ビジネスや政府の政策を改善することができるのである。そのためには、良いデータ、優れた分析、課題との対応の三つの条件が必要である。
因果関係を正しく見極めるためには、企業・政府とデータ分析を行う研究者との連携が必要だ。本書には、米国・日本で連携が成功した具体例の紹介があり、読者に参考になる。中でも、著者自身が関わった電力料金に関するランダム化比較試験の結果や日本の自動車の省エネ規制の影響に関する分析は興味深い。また、日本の高齢者医療保険制度のデータを使って医療費の自己負担額が医療需要にどのような影響を与えるかということを明らかにした重岡仁氏の研究の紹介もある。いずれも経済学のトップクラスの国際学術誌に掲載された研究である。日本経済への国際的な関心が低下している中で、政策的研究で日本人の若手研究者が国際的な業績を上げていることは素晴らしい。
そうした第一線の若手研究者が、研究成果を日本語で一般向けにレベルの高い啓蒙的な本を出版したことは、日本人若手経済学者に大きな刺激を与えている。優秀な研究者が実証的研究をし、その成果を専門研究雑誌だけではなく、社会にも還元するという経済学研究者のロールモデルとして、伊藤公一朗氏には今後も活躍されることを期待したい。
大竹 文雄(大阪大学教授)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)