選評
思想・歴史2016年受賞
『フランス革命という鏡 ―― 十九世紀ドイツ歴史主義の時代』
(白水社)
1984年生まれ。
東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(総合法政専攻)。博士(法学)。
日本学術振興会特別研究員などを経て、現在、明治学院大学法学部政治学科専任講師。
論文:「幻影の共和国 ― J.G.フィヒテ、「二十二世紀」からの挑戦」(『国家学会雑誌』123巻3・4号所収)、「ある政治史の出発 ― B.G.ニーブーアのローマ王政論」(『政治思想研究』第14号所収)など。
フランス革命ほど歴史好きを魅了し続けるテーマはない。しかし、あまりなじみのない19世紀ドイツの歴史家がフランス革命をどのように論じたかを分析した学術書と聞くと、かなり地味な本だという印象を持たれるかもしれない。評者も、この本に登場するダールマン、ドロイゼン、ジーベルという三人の歴史家について、ほとんど知るところはなかった。
しかし、本書を読むことによって、読者は、フランス革命をどう見るかという精神の格闘こそが、19世紀後半以降世界史に決定的な影響を与えることになるドイツ帝国の形成に大きな影響を与えたことを知ることになろう。フランス革命史の叙述・分析のなかから、ダールマンは「憲法」、ドロイゼンは「国民」、そしてジーベルは「社会」の決定的重要性を剔出した。著者によれば、彼らは歴史家であるとともに「改革の政治学」を論じていたのであり、フランス革命史のなかに、今後のドイツの政治体制がいかにあるべきかを論じてきたのである。非歴史的な社会契約説に基づく18世紀の政治体制論後の19世紀の歴史主義的政治体制論の典型ともいえよう。明治日本がその政治体制の確立においてドイツ帝国を参考にしたことを考えるとき、三人の歴史家の知的営為は、近代日本にとっても無縁ではない。
本書の魅力は、しかしながら、ドイツ精神史のみにあるのではない。著者は、実にたくみに、フランス革命の歴史的展開と多面性を読者に思い起こさせてくれる。ドイツの政治家・歴史家たちがフランス革命をどう観察したか、とりわけ本書の主人公である三人の歴史家がフランス革命をどう論じたかを紹介する過程で、著者は、フランス革命の群像、ネッケル、ラファイエット、ミラボー、ロベスピエール、ナポレオンなどを登場させ、彼らの政治的役割の多面性をわかりやすく活写してくれる。本書はフランス革命史論としても一級の読物である。
著者は、本書の現代的意義についてほとんど語るところがない。ドイツ帝国成立以後、ドイツにおけるフランス革命史論は政治的役割を終え、フランス革命についての業績はドイツではほとんど現れなくなったという。しかし著者が「結」でブルクハルトを登場させて指摘させているように、フランス革命は今日においても終わっていないのではないか。民主主義体制をとる国々が増えつつも、数多くの民主革命が挫折を繰り返している今日、19世紀ドイツの自由主義知識人の改革の政治学は、決して他人事ではないのではないか。権威主義体制の下で自由を確立したいと願っている多くの国の現代の自由主義者たちには、まさに切実なテーマである。確かにドロイゼンやジーベルは「帝国の繁栄のなか、満ち足りたふうで世を」去ったのであろう。しかし、彼らのフランス革命史論そして、彼らの革命史論をわかりやすく分析紹介してくれる本書は、今日的課題を理解するためにも有益なのである。
田中 明彦(東京大学教授)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)