サントリー文化財団

menu

サントリー文化財団トップ > サントリー学芸賞 > 受賞者一覧・選評 > 中澤 渉『なぜ日本の公教育費は少ないのか ―― 教育の公的役割を問いなおす』

サントリー学芸賞

選評

政治・経済 2014年受賞

中澤 渉(なかざわ わたる)

『なぜ日本の公教育費は少ないのか ―― 教育の公的役割を問いなおす』

(勁草書房)

1973年生まれ。
東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学(総合教育科学専攻)。博士(教育学)。
日本学術振興会特別研究員、兵庫教育大学教育・社会調査研究センター助手、東京大学社会科学研究所助手、東洋大学社会学部准教授などを経て、現在、大阪大学大学院人間科学研究科准教授。
著書:『入試改革の社会学』(東洋館出版社)

『なぜ日本の公教育費は少ないのか ―― 教育の公的役割を問いなおす』

 日本の少子化が止まらない一つの原因は、教育に多額の費用がかかるということだろう。少子化の進行に加えて、所得格差の拡大が日本社会で懸念されている。所得格差拡大の弊害は、格差が世代を超えて継承されてしまうことだ。所得格差の世代を超えた継承を防ぐには、教育機会を均等にするべきだろう。しかし、日本の教育費の公的負担は国際的にみて低い方である。公的支出の中に占める公的教育費の割合も、GDPに占める公的教育費の割合もOECD諸国の中で最低のグループに入っている。最近の大学改革の議論では、国立大学の文科系の学部の縮小も求められている。人口減少のもとで生活水準を維持していくためには、一人当たり生産性をより高くしていく必要があるにも関わらず、次世代の生産性を高めるための教育投資を公的にはあまりしていないのが日本の現状だ。少子化を防ぐにも、格差の継承を防ぐにも、次世代の生産性を高めるためにも有効な教育に対し、私たちが公的なお金を使わないのはどうしてだろう。
 本書は、日本の公教育費が少ない理由について、歴史的な推移、国際比較などを通じて現状把握をした上で、教育の公的負担が増えなかった理由を実証的に明らかにしたものである。著者の専門は教育社会学であるが、本書では社会学、政治学、経済学など幅広い分野にわたる研究が紹介されている。
 過去の研究の見通しのよい展望の上でなされた著者自身による実証研究によって得られた結論は、つぎのとおりである。
「本書の分析から言えるのは、日本人の間で、教育があまり公的な意味をもつものと認識されていない、ということである。だから、親が子に対してできる限り支払ってやるのが親心として当然になり、また教育達成は個人の努力によって獲得された私的利益と見なされる。高価な高等教育ほど、私的負担が重いということは、そこで得た結果や利益も私的なものと見なしやすい。日本の教育費負担に関する問題の一つは、ここにあると思われる。
 また、日本社会において、教育の公的なベネフィットを感じる場面が少ないことも、おそらく問題の一つと考えられる。(中略)学校教育が一体何の役に立ったのかわからない、という多くの人が共有する見方が、公費をつぎ込んでまでして維持しなければならないという意識を弱めているのだろう。そうなると、結果的には凡庸な結論になるが、社会的には教育の公共的意義を説得すること、それにより世間の納得を得るように努力するしかない。」
 日本が抱える大問題である少子化、格差の継承、低成長率を解消するためには、教育の充実が必要なのにも関わらず、教育への公的支出が増えないというジレンマを解決することは容易ではない。教育負担は私的なものであるという価値観を変える必要があるからだ。価値観を変えるためには、中澤氏が指摘するように、教育の公共的意義を国民に説得すること、卒業生が世の中で教育が役に立ったと実感できるサービスを教育機関が提供するという、地道な努力を続けるしかない。本書は、教育負担に関する日本人の価値観を変えるための第一歩であり、その意味で本書の貢献は非常に大きい。「教育の公共的意義を説得する」ためにも、これからの著者の研究活動および啓蒙活動に期待する。

大竹 文雄(大阪大学理事・副学長)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

サントリー文化財団