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サントリー学芸賞

選評

社会・風俗 2013年受賞

青木 深(あおき しん)

『めぐりあうものたちの群像 ―― 戦後日本の米軍基地と音楽1945-1958』

(大月書店)

1975年生まれ。
一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。
一橋大学大学院社会学研究科ジュニアフェローを経て、現在、一橋大学学生支援センター特任講師。
著書:『音の力』(共著、インパクト出版会)。

『めぐりあうものたちの群像 ―― 戦後日本の米軍基地と音楽1945-1958』

 いま忘れがちだが、戦後の日本は、独立国家ではなく、1952年4月の講和条約発効まで長く、実質的にアメリカの占領下にあった。日本各地に米軍基地があり、そこには何十万人という米兵が駐在していた。いわゆる進駐軍である。
 従来の占領下の研究は政治や経済、軍事に焦点が当てられていたのに対し、本書は、文化、とりわけ音楽に着目している。音楽を通してみた日米交流史になっている。
 日本に来た米兵たちは余暇に音楽を楽しんだ。著者は、彼らが余暇に、どんな音楽を、どこで、どのように楽しんでいたかを綿密に取材してゆく。「戦う兵隊」より「遊ぶ兵隊」の研究になっているのが面白い。
 故郷を離れて東洋の異国にやってきた米兵たちは、そこに故郷の音楽、とりわけジャズを持ちこんだ。1930年代のアメリカはビッグ・バンドの時代であり、その影響を受けた米兵たちは、日本でもジャズに慰めを得ようとした。基地で、将校クラブで、あるいは接収したホテルで、町に誕生したクラブで、彼らは音楽を楽しんだ。
 十年という長い年月をかけた著者は、いまや高齢となった当時の米兵たちを探し出し、訪ね歩き、話を聞く。アメリカの小さな町にも足を運ぶ。一種のフィールドワークから生まれた大変な労作である。
 登場するのは無名の米兵たちが多い。彼らは英雄でもなければ偉人でもない。兵隊というより音楽の好きな若者たちである。音楽を聞くだけではなく、自らもバンドを組んで演奏をする。軍事基地とその周辺は、同時に音楽が鳴り響く文化基地でもあったことが分かる。
 著者は元米兵たちを取材してゆくうちに、彼らどうしのつながりを見つけてゆく。山口昌男の『「挫折」の昭和史』などで学んだ、人と人との思いがけないつながりから文化が生まれてゆくのを知る。チェーン・ストーリーの面白さに満ちている。
 もうひとつ、本書の大きな成果は、米軍基地や将校クラブで演奏していた日本人のミュージシャンについても詳しく調べていることだろう。江利チエミや雪村いづみ、ウィリー沖山やエセル中田ら懐かしい名前が次々に登場する。彼らは、若い頃に、米軍基地とその周辺で歌を歌っただけではなく、本場の音楽を全身で吸収した。当時は、まだこの言葉はなかったが、彼らこそ「サブカルチャー」の大先輩といえる。
 進駐軍文化というと否定的に語られることが多いが、日本の若いミュージシャンたちは積極的にアメリカの音楽に影響を受けていったことが分かる。音楽が国境を越えている。
 考えてみれば不思議なことである。ついこのあいだまで敵国として戦ってきた国の音楽を、戦争が終わるやたちまち受け入れてしまう。戦前の日本にすでにアメリカ文化はあったとはいえ、まだ焼跡闇市の時代に、進駐軍を通して、アメリカの音楽が日本に急速に入ってきたとは。
 戦後、まさに占領下に子供時代を送り、アメリカ映画というもうひとつの進駐軍文化に夢中になった世代としては、進駐軍文化とは何だったのかを考えさせる好著である。

川本 三郎(評論家)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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