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サントリー学芸賞

選評

政治・経済 2013年受賞

中島 琢磨(なかしま たくま)

『沖縄返還と日米安保体制』

(有斐閣)

1976年生まれ。
九州大学大学院法学府博士後期課程修了。博士(法学)。
九州大学大学院法学研究院専門研究員、日本学術振興会特別研究員などを経て、現在、龍谷大学法学部准教授。
著書:『高度成長と沖縄返還 1960-1972』(吉川弘文館)、『外交証言録 沖縄返還・日中国交正常化・日米「密約」』(共編、岩波書店)

『沖縄返還と日米安保体制』

 投げてよし、打ってよし、走ってよし、の三拍子そろった現代外交史を専門とする新星の登場である。資料と事実の発掘、論理と潮流の解析、人物と時代の描写のいずれも確かな手応えを感じさせる。切り込んだテーマも戦後外交史の本丸そのものの「沖縄返還と日米安保体制」である。その課題は「佐藤政権が沖縄の施政権返還を実現する過程を、返還を可能とした安全保障上の条件に着目しながら考察し、沖縄返還交渉を通じて定まった返還後の日米安保体制の内容と特徴を明らかにすること」である。
 結論を言えば、沖縄返還によって、日本は米国の同盟国として東アジアの安全保障問題に初めて関与し、米政府と責任を共有することになった。沖縄返還は、戦後の日本の地域安全保障政策をはからずも誕生させたのである。本書は、そこに至る過程とその相互連関を細密画を描くように緻密に叙述、分析している。
 返還交渉における佐藤栄作首相のリーダーシップはよく知られている。キッシンジャーと若泉敬の秘密チャンネルの内実もいまではほぼ明らかにされている。そもそも沖縄返還交渉に関しては、すでに多くの優れた研究がある。米政府の交渉過程の記録に加えて、2009年の民主党政権発足後の日本政府の機密外交記録の公開もあって、資料の裾野は広がっている。本書の強みは、これらの資料を十二分に活用した上で、存命中の当時の交渉当事者にインタビューし、彼らの肉声を掬い上げていることである。
 なかでも、千葉一夫、枝村純郎、吉野文六、栗山尚一、佐藤行雄らの中堅外交官たちの証言が精彩を放っている。彼らの存在そのものも生き生きと活写されていて、資料面の堅固な骨格に豊かな肉付けを与えている。全体として構成も文体も筋肉質に仕上がっている。また、こうした中堅外交官と下田武三や東郷文彦らその上の世代の「核抜き・本土並み」をめぐる見解の相違と葛藤も興味深い。ここには、占領後の新たな日米関係と対アジア関係、さらには日本の「戦後の形」の希求といった戦後外交のみずみずしい理念の模索の姿がある。
 「沖縄の祖国復帰が実現しない限り、わが国にとって「戦後」が終わっていないことをよく承知しております」佐藤首相のあの有名な演説の「戦後」とは何だったのだろうか。
 沖縄返還によっても「戦後」は終わらなかった。逆に、沖縄は日本の「戦後」により深く組み込まれた。平和憲法と日米安保と沖縄の米軍基地(抑止力)の存在によって、日本の「戦後」は構築され、定着したのである。しかし、戦後50年の1995年に起こった米兵による少女レイプ事件がそれを穿つことになった。
 著者も随所で触れているところではあるが、読み進むうちに、もっともっと知りたいテーマが次々と頭に浮かんできた。
 ・ 沖縄返還交渉をめぐる自衛隊配備と米軍基地再編・縮小
 ・ 米中接近と沖縄返還の関係
 ・ 尖閣諸島問題と沖縄返還
 沖縄返還交渉研究のフロンティアの広さに気づかされたことも含めて、この本はまことに豊穣な沃野であった。

船橋 洋一(日本再建イニシアティブ理事長)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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