選評
政治・経済 2012年受賞
『宇宙開発と国際政治』
(岩波書店)
1970年生まれ。
立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了。英国サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。
筑波大学大学院人文社会科学研究科助教授、北海道大学大学院公共政策学連携研究部教授などを経て、現在、北海道大学大学院法学研究科教授。
著書:『EUの規制力』(共編、日本経済評論社)、『グローバリゼーションと国民国家』(共著、青木書店)
福島第一原発事故は、巨大技術が生命、環境、エネルギー、経済、社会、政治、そして世界政治をまるごと巻き込む文明的な脅威となりうることをわれわれに思い知らせた。それとともに、巨大技術の機会とリスクがシャム双生児のように背中合わせにある怖ろしさを改めてわれわれに教えた。宇宙もまた、そのような巨大なまるごとのインパクトをわれわれに与える存在である。
宇宙は「未来のテクノロジー」ともてはやされ、そこには「人類の夢」があると謳われてきた。ここは「物理の法則だけが唯一のルールである世界であり、国家や国境といった人間が勝手に作った仕組みなど歯牙にもかからない、絶対的な公共空間」である。にもかかわらず、20世紀以降、そこは国際政治の空間となった。ただ、宇宙と宇宙システムが、国際政治にどのような意味合いをもたらし、同時に、どのような国際政治の力学がそこに投影されているのかは、これまで十分に解明されてこなかった。鈴木一人氏の『宇宙開発と国際政治』が、その仕事を見事に成し遂げてくれた。
鈴木氏は、国際政治における宇宙開発を、「ハードパワー」としての宇宙システム、「ソフトパワー」としての宇宙システム、「社会インフラ」としての宇宙システムという概念で説明する。「ハードパワー」は、冷戦時代の「米ソ宇宙競争」、とりわけ米国のアポロ計画がその代表だ。無人航空機によるピンポイント爆撃を可能にする測位衛星もこの範畴だろう。「ソフトパワー」は有人宇宙飛行のような国威発揚の舞台としての宇宙パワーである。世界の大国クラブへの入場券ともなる。「社会インフラ」は、GPSに代表される、いわば国
際公共財としての宇宙である。国々は、この3つを手に入れるために、宇宙開発を進めてきた。本書は、このような分析の“レゴ(LEGO)”を組み立てることで、宇宙の国際政治学を鮮やかに構築して見せる。それとともに、宇宙という究極のグローバル化の本体を解剖することで、斬新なグローバル化論ともなっている。
宇宙においては、東西も南北も民族も宗教もない。衛星を通じた情報が一般市民にまで広がったことが、ベルリンの壁の崩壊をもたらした。そして、その後のグローバル化の時代、技術拡散は光の速度にように速い。21世紀は、宇宙を含む巨大科学技術の(国際)政治がハイポリティックスとなるだろう。
しかし、宇宙でも米国の一極構造は急速に崩れつつある。すでに自国が調達した衛星を運用している国々は60以上にのぼる。15カ国による共同事業である宇宙ステーションは、宇宙の列強協調(concert of powers)の兆しなのだろうか。
福島第一原発事故は、科学技術政策の政治経済学研究の重要性を痛感させた。それも「ムラ」によって囲われていないグローバル・リテラシーに裏打ちされた研究が切に求められる。この分野での第一人者の颯爽たる登場を慶びたい。
船橋 洋一(日本再建イニシアティブ理事長)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)