サントリー文化財団

menu

サントリー文化財団トップ > サントリー学芸賞 > 受賞者一覧・選評 > 待鳥 聡史『首相政治の制度分析 ―― 現代日本政治の権力基盤形成』

サントリー学芸賞

選評

政治・経済 2012年受賞

待鳥 聡史(まちどり さとし)

『首相政治の制度分析 ―― 現代日本政治の権力基盤形成』

(千倉書房)

1971年生まれ。
京都大学大学院法学研究科博士後期課程退学。京都大学博士(法学)。
大阪大学法学部助教授などを経て、現在、京都大学公共政策大学院・大学院法学研究科教授。
著書:『〈代表〉と〈統治〉のアメリカ政治』(講談社)、『財政再建と民主主義』(有斐閣)、『日本の地方政治』(共著、名古屋大学出版会)など。

『首相政治の制度分析 ―― 現代日本政治の権力基盤形成』

 日本とは何か。戦後日本政治とは何か。
 私などが大学に残ってそれを考えようとした時代には、歴史という物差をもって測る他ないと思った。戦前から戦後へ日本政治はどう変ったか。カメのような愚鈍さで新旧を比較することから始めた。
 本書の著者の世代は違う。国際的な比較の中で日本政治を見る学問的飛び道具が使える。著者が奉ずる比較制度論は、アメリカ政治学が洗練された成果をあげている分野であり、日本では村松岐夫の弟子らがそれを展開している。
 大統領制と議院内閣制は対照においてよく議論されるが、比較制度論の政治学はそれを好まない。大統領制も実に多様であり、議院内閣制もさまざまである。その名でイメージしている内容と正反対の実体であったりもする。むしろ大統領と首相を「執政制度」という一つの土俵の上に並べて検討する。両者は共に国民から委任をうけ、政策形成と実施の双方に責を負う。法制上、実質上の権限とその制約は何か。与野党や官僚との関係はどうか。
 アメリカ政治に関する出版がこれまで多かった著者は、本書において戦後日本の「首相政治」すなわち首相権力の行使のあり方とその変容を伸びやかに論じる。本書は戦後日本の中選挙区制がもつ意味を重視する。すなわち各選挙区で3〜5人が当選する中選挙区制は、多党化と連立政権を誘う制度である。だが冷戦下にあって、左翼政党を政権から排除しつつ経済復興と政治的安定を持続するため、保守諸政党は1955年に大同して自民党を結成した。自民党は内実において連立政党であったからこそ、中選挙区制下で長期政権を維持しえた。が、それは首相政治に大きな制約をも強いた。首相の閣僚任命権は自民党の基礎単位である派閥に分け取りされ、派閥間競争は政党間競争をかすませる程であった。また官僚機構は強大であり、政策の形成と実施の大部分を担った。首相が無能であっても、各省庁が大概のことはやっていける。
 リーダーシップの欠如、派閥政治の弊と金権腐敗、官僚支配など、戦後政治への批判が、冷戦終結とともにさらに高まり、二つの重要な制度変更が90年代になされた。小選挙区を中心とする新選挙制度と、首相官邸の機能強化である。その前後の強力な二人の首相、中曽根康弘と小泉純一郎の比較は興味深い。前者が「大統領型首相」を一代限りの格別な手腕でつくり上げたものであるのに対し、後者は強化された制度(ウェストミンスター型議院内閣制)に支えられたものである。
 だが、ここで逆説が生ずる。制度に支えられるのであれば、小泉以後の首相は皆強力であってよい筈である。事実は、自民党であれ民主党であれ、1年しか続かない弱体政権揃いである。制度は強化され、執政中枢部は与党議員集団や官僚機構の影響力を排除できる程になった。それは著者が「集権化の逆機能」と呼ぶ事態を招いた。かつては官邸が無能でも、党と官僚機構が大概のことをやれた。権力を官邸に集中した今は、首相が自ら力強い手腕に恵まれ、有能なスタッフを官邸に集めなければ、政治全体が悲惨な事態に陥るのである。
 この難しい時代に政治を観察する識者を、社会は必要とする。ジャーナリストだけでなく、深い学問的素養をもってそれを行う人も不可欠である。その意味で、戦後政治の全体像を、変動を含めて構造的に語る本書を歓迎したい。

五百旗頭 真(熊本県立大学理事長)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

サントリー文化財団