選評
政治・経済 2009年受賞
『現代アフリカの紛争と国家 ―― ポストコロニアル家産制国家とルワンダ・ ジェノサイド』
(明石書店)
1962年生まれ。
東京大学大学院総合文化研究科単位取得退学(国際社会科学専攻)。
在チュニジア日本国大使館派遣員、アジア経済研究所地域研究センターアフリカ研究グループ長などを経て、現在、独立行政法人国際協力機構JICA研究所上席研究員。学術博士。
著書:『現代アフリカの紛争 ― 歴史と主体』(編著、アジア経済研究所)
独立後50年程度しか経過していないアフリカ諸国に、冷戦の終結とともに民主化の波が押し寄せ、「民族紛争」が多発するようになった。特にソマリア内戦とルワンダの大虐殺の惨らしさに、世界は言葉を失うほどの驚きを禁じえなかったのではないか。地理的・文化的に遠いアフリカでのこうした紛争や動乱は、われわれ日本人にも人間の集団についての根本的な謎を突きつけている。「暗黒の大陸」、あるいは「歴史のない大陸」とみなされてきたアフリカが、いまや多くの先進諸国にその謎への答えを問うているように見える。単に貿易や投資の相手国としてだけではなく、対アフリカ支援など、アフリカを自国の対外政策の中でどう位置づけるのかも求められているのだ。無論、「関わらない」という選択肢もある。しかしいかなる処方箋を書くにしろ、対応策を選び取る前に、アフリカにおける国家形成の背景と特質を正確に把握しなければならない、武内氏のそうした強い信念と意志力が骨太なアフリカ研究を可能にした。著者の問題意識の確かさと、借り物ではない地道なアプローチは高く評価されよう。
本書第I部は1990年代のアフリカでの紛争を概観し、その特質を抽出している。多くのアフリカの国々は、19世紀末のベルリン会議で一応近代国家の祖型が与えられ、20世紀半ば以降次々と主権国家体系へと移行していった。冷戦下で、これら諸国の統治は、親分・子分関係の域を出ないような政権基盤の上に、国際関係を通して得た資源を国内統治に利用するという性格を持つに至る。「ポストコロニアル家産制国家」と著者が呼ぶこれらの国では、80年代の内外の政治環境の変化、経済危機、そして何よりも冷戦の終結による援助政策の転換によって、脆弱であった「親分・子分関係」が分裂・崩壊へと向う。その崩壊過程で起こった集団の紛争を、単なる「民族紛争」としてではなく、「ポストコロニアル家産制国家」の解体に伴う不可避の現象と捉えるのが、本書における武内氏の仮説とモデル設定である。
この仮説を、1990年代のアフリカにおいて最も暴力的な紛争のひとつであったルワンダを具体例として第II部と第III部で実証する。特に第III部では、独立後のルワンダの内戦からジェノサイドに至る過程が、国家と長期的な社会変容の分析を組み合わせながら丹念に解明されている。当時のルワンダの人口約800万人の内、トゥチおよび反政府勢力のフトゥを中心として、1994年4月からわずか3ヶ月の間に、少なくとも50万人が虐殺されたと推定される。この惨劇が、突如、そして偶発的に起こったものではなく、歴史的に準備されたものであることを明らかにする著者の手法は、手堅く、強い説得力を持つ。
日本の地域研究は、植民地を持ったヨーロッパや、戦後世界で抜きんでた力を発揮した米国に比べると層としては薄く、どちらかといえば現地でのフィールドワークを行うミクロ・レベルの研究が主流であった。特にアフリカ研究の場合、そこから引き出される議論でマクロ政策的な意味合いを持つものは少なかったのではなかろうか。武内氏の研究手法は、マクロな政治の動きとミクロな社会経済の変化の双方を、村レベルの調査と聞き取りを通して実態に迫ったところに特徴がある。土地所有形態をていねいに調べることによって政治構造を浮かび上がらせた世帯調査は、農業経営や内戦時の経験も尋ねており、1999年以降25の世帯を毎年訪問して実現したものである。社会科学研究は「足で歩いて」はじめて迫力と説得力を持つということを見事に示した力作といえよう。
猪木 武徳(国際日本文化研究センター所長)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)