選評
社会・風俗 2008年受賞
『磯崎新の「都庁」 ―― 戦後日本最大のコンペ』
(文藝春秋)
1969年生まれ。
早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了(建設工学専攻)。
木村俊彦構造設計事務所勤務を経て、現在はノンフィクション作家として執筆活動に従事している。
著書:『光の教会 安藤忠雄の現場』(建築資料研究社)
平松剛氏の本書は、社会・風俗部門の選者の多くが強く推し、討議の結果全員が一致して受賞作に選んだ。平松氏はノンフィクション作家であり、ジャンルとしてはこの作品もノンフィクションと言えるが、内容的に今日の社会、文化の問題に深く切り込んでおり、単なるノンフィクションの範囲を超えるものとして、この部門の受賞作に選ばれた。
本書のテーマは、東京都庁建設の設計競技(コンペ)をめぐるもので、入選した丹下健三と競って落選した磯崎新をフォローしたものだ。共に世界的に有名な建築家であるが、著者も早稲田の建築学科を卒業して建築事務所で働いた経験がある。したがってこのテーマは著者にとって特別の思い入れがあっただろう。
コンペは過去の実績から9社の設計事務所が指名されて設計を競ったが、磯崎アトリエはその中では最も小規模で、しかも人間磯崎の個性ゆえに最もユニークな設計事務所である。著者が入選者ではなく落選した磯崎に焦点を当てたのは、彼のユニークな個性と人間的な魅力ゆえであり、また神格化された丹下健三については、すでに語りつくされているからだろう。
本書は、記念すべき大型建築の設計コンペを内側から綿密に描いたもので、内容的にはこの分野の素人には立ち入り難かったと思われる興味深い事柄もたくさんある。かつて建築を専門にした著者ならではのものと言えよう。磯崎新については、その生い立ちから最近の活動までが丹念にフォローされているが、バックグラウンドとして、著者の視点は日本の建築学の歴史から日本や世界の建築文化論、都市文化論にまで及んでおり、本部門の受賞作に相応しい内容となっている。
本書のハイライトは、磯崎と丹下の感性や設計思想の違いを浮き彫りにしている点だ。磯崎は東大の学生時代に建築学助教授だった丹下を指導教官としているが、本書で描かれる両者の違いは鮮明だ。コンペでは丹下が国家の力を誇示するゴチック風の高層建築案を正面に出したのに対して、モダニズムの建築家磯崎の案は横長のプラットフォームの形をした低層型に丸いドームがついたものだ。
丹下は戦時中に皇居から富士山を結ぶ「大東亜道路」を軸とし、伊勢神宮や京都御所の神社風を念頭においた「大東亜建設記念造営計画」を作成した。東京都庁舎として期待されたのも、日本の首都の象徴として、また国力を示すものとして、堂々たる権威の建物であり、丹下案はそれに合致するものだった。
一方、磯崎は戦時中もリベラルを貫いた東大仏文科教授の渡辺一夫の家に戦後書生として住み込み、戦後の日本を代表する知識人や文化人たちと交友を持った。そもそもモダニズムは既成の権威やアカデミズムに対するアンチテーゼとして生まれたものだ。評者も磯崎がマレービッチやタトリンなどロシア・アヴァンギャルド芸術にたいへん造詣が深いことをよく知っている。磯崎が1967年に初めてモスクワを訪問した時、彼が捜したのは、革命時代のロシア・アヴァンギャルドの建築だった。
一時は最有力のロシア大統領候補の一人と見られたモスクワのルシコフ市長は、権威と力を重んじる政治家として有名だ。彼が訪日したとき最も強い印象を受けたのは、丹下設計の東京都庁の建物であった。個人的な話の中で、モスクワにもあのような市庁舎が欲しいと述べていた。平松氏の本書を読むと、これらのことも十分納得できるのである。
袴田 茂樹(青山学院大学教授)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)