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サントリー学芸賞

選評

思想・歴史 2007年受賞

宇野 重規(うの しげき)

『トクヴィル 平等と不平等の理論家』

(講談社)

1967年生まれ。
東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(政治専攻)。博士(法学)。
千葉大学助教授を経て、現在、東京大学社会科学研究所准教授。
著書:『デモクラシーを生きる』(創文社) など。

『トクヴィル 平等と不平等の理論家』

 私のようなフランス19世紀を専門にする者にとって、冷戦体制崩壊以後のトクヴィルの劇的な復活、とりわけアメリカにおけるモテ方は、いま一つ解せないものがありました。なぜなら、私にとって、トクヴィルといえば『旧体制と大革命』であり、『回想録』であったはずだからです。
 そこで、トクヴィル関係の本を読んでみますと、取り上げられているのはたいていが『アメリカのデモクラシー』であり、上に挙げた二著にはほとんど言及されていません。それはあたかも、フランス人(及びフランス専門家)にとってのトクヴィル(革命に対する保守的な理論家)と、アメリカ人(及びアメリカ専門家)にとってのトクヴィル(デモクラシーの開明的な擁護者)と、二人のトクヴィルがいるかのような印象なのです。
 本書は、こうした両国におけるトクヴィル像の分裂に注目し、「トクヴィルがフランス人という異邦人の目でアメリカ社会を観察し、つねに自分の祖国との対比においてアメリカを理解しようとしていた」という事実を再確認するところから議論を起こしています。
つまり、トクヴィルは、片方に不平等が所与として存在していたフランスを置き、もう片方に平等という前提から出発したアメリカを置いて両者の検討を行い、デモクラシーはアメリカのような社会だからこそ可能になったとしながらも、しかし、そこで生まれた平等化という志向は決して特殊アメリカ的なものではなく、いずれ、フランスを始めとするヨーロッパでも不可逆的な趨勢となって現れるだろうと予言したのです。
 この予言は、階級社会のヨーロッパでは長い間、非現実的なものと見なされていたのですが、冷戦構造の崩壊とマルクス主義の衰退によって従来的な枠組みが崩れたことにより、ヨーロッパでも一挙に現実性を帯びてきたのです。トクヴィル流行の理由はここにありました。
 著者は、こうした意味において、トクヴィルこそは平等と不平等の問題をあらゆる角度から捉えて、そのメリット・デメリットを徹底的に考え抜いた「平等と不平等の理論家」であるとみなし、トクヴィルがデモクラシーを原理とする平等社会の孕む弱点に対して示した処方箋を個々に検討していきます。
 すなわち、第一は、均質性原理である「デモクラシー」はむしろ異質性原理(結社・伝統習俗・宗教)と結びついたときにより健全になるとする方向性です。
 第二は、デモクラシー(とくにアメリカン・デモクラシー)の特徴である自己利益の最大化(権利の観念)の中にこそ、デモクラシーの自己矯正力を求めるべきだとする方向性です。
 従来のトクヴィル論では、トクヴィルは第一の方向性を模索した思想家と目されてきたようですが、著者はむしろ、トクヴィルは後者の方向性を採用したと考えます。
 「トクヴィルは『デモクラシー』社会の抱えるさまざまな困難を直視しつつ、だからといって非『デモクラシー』的なものによって、これを抑止しようとはしなかった。むしろ、あくまで『デモクラシー』の内在的な論理を重視し、これに何らかの作用を加えることで、『デモクラシー』をより良いものにしていくことを選んだのである」
 このトクヴィル解釈は、グローバリズムの弊害が叫ばれ、第一の方向性が主張されている昨今、極めて魅力的なものと映ることでしょう。とりわけ、超越的な倫理観を持つスーパーマンを期待しがちな日本人にとっては。

鹿島 茂(共立女子大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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