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サントリー学芸賞

選評

政治・経済 2007年受賞

土居 丈朗(どい たけろう)

『地方債改革の経済学』

(日本経済新聞出版社)

1970年生まれ。
東京大学大学院経済学研究科博士課程修了(現代経済専攻)。博士(経済学)。
東京大学助手などを経て、現在、慶應義塾大学経済学部准教授。
著書:『地方財政の政治経済学』(東洋経済新報社)など。

『地方債改革の経済学』

 本書は最近注目を集めている地方財政の諸問題の中でも地方債制度について、その歴史、現状を分析し、将来に向かっての制度改革を提言する意欲的な著作である。
 小泉内閣主導で進められたいわゆる「三位一体改革」では、国庫支出金の削減、地方交付税の総額の抑制、他方で税源をこれまでよりも地方に移譲することによって地方分権を促進することが目標とされた。しかし、相対的に経済力の弱い自治体では移譲された税収増は少なく、削減された国庫支出金を補えない。この結果、地方債増発で当座をしのぐという恐れも出てきているが、地方債制度は「三位一体改革」では真剣な議論の対象とならなかったのである。こうした中で2006年には夕張市が財政再建団体となることを申請し、実質的に「破綻宣言」をした。
 本書を通じて指摘される地方債制度の問題点は、地方債の元利支払に対してさまざまな形での国の援助が存在し、制度の隅々に国の関与が浸透している結果、地方サイドでは借手意識が乏しく、自己規律が欠如していることである。
 様々な政府資金で地方債を引き受けたり、通常の利払い費のためだけでなく、財政再建団体認定後の財政運営に際する交付税の活用を通じて国は地方を援助してきた。この意味で日本における地方債には元利金支払に関する国の「暗黙の補償」が付与されており、利子率の自治体間格差が存在しない。いわば自治体が地方債の利払いが出来なくなるという事態への対処を国税の納税者が、お互いにリスクシェアしている。
 こうして地方における公共投資を支えた地方債の90年代からの大幅な増発は大量の地方債残高の積み上がりとして財政を圧迫している。地方債を大量に引き受けた財政投融資制度も2001年以降大きく改訂され、これまでのような機能は期待できない。そこで著者は国税納税者ではなく、市場による地方債のリスクシェアリングを導入すべきだと主張する。市場による監視、自治体による責任ある財政運営、地方債発行を促進すべきだということである。諸外国ではこうした運営が一般的である。
 本書の以上のような主張は、土居氏によるさまざまな綿密な実証分析によって裏付けられている。それは、以上のような制度が財政力の弱い自治体に相対的に多めの暗黙の補助金を配分してきたという実証分析であったり、債務累増を防ぐ早期是正措置があまり有効に機能してこなかったという分析であったりする。実は背後にあるこうした地道な分析の積み重ねが、本書にまとめられた著者の研究の優れた点であり、読者に安心感を与える。
 地方債制度に市場原理を導入せよという著者の政策的主張は方向感としては正しいものだろう。しかし、その場合財政力が弱く基礎的な行政サービスの提供にも不安を覚えるような自治体はどうすべきか。これまでは地方債の「暗黙の保証」を通じて国からの所得移転が行われていたわけである。この点、著者はやや短絡的に「国から自治体に対して財政移転を行うことで解決できよう」としている。しかし、移転の方法は地方債を通じるものを含めて多様であり、それぞれに長所短所がある。地方債を財政移転の場にしてしまえば、債券市場の市場機能を活かすことが出来ないが、他の手法にはまた別の問題があるだろう。とりもなおさず、これは「四位一体改革」の分析が必要ということを意味する。こうした点にまで著者の視野が広がることを期待したい。

植田 和男(東京大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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