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サントリー学芸賞

選評

思想・歴史 2005年受賞

村井 良太(むらい りょうた)

『政党内閣制の成立 一九一八〜二七年』

(有斐閣)

1972年、香川県生まれ。
神戸大学大学院法学研究科博士課程修了。
日本学術振興会特別研究員を経て、現在、駒澤大学法学部講師。
論文:「昭和天皇と政党内閣制」(『年報政治学2004』所収)、「政党内閣制の慣行、その形成と西園寺公望」(『神戸法学雑誌』49巻2号所収)など。

『政党内閣制の成立 一九一八〜二七年』

 明治憲法のもとの日本で「大正デモクラシー」といわれる現象があった。一九二四年から一九三二年までの約八年間、七代にわたって政党の党首が政権をになう政党内閣が継続した。政党間で政権交代が行われることが「憲政の常道」とまで呼びならわされるようになった。いうまでもなく、明治憲法自体は、このような政治過程を当然に想定していた憲法ではない。当初の政治体制は、今日的な用語法でいえば、きわめて「権威主義的」性格の強い体制だった。そのような権威主義体制のなかから、なぜ、相当程度「民主的」な政治過程が現出するようになったのか。これが、本書が正面から取り組んだ課題である。
 しかしながら、この課題にチャレンジすることは大変困難な作業である。第一に、歴史研究としてみると、ほとんどの資料は利用し尽くされているので、新たな資料を発見することによって、従来の説を覆すという余地はきわめて限られている。第二に、歴史的に一回だけおこった現象、しかも政界内での駆け引きを中心とする出来事の中から、理論的に普遍的な意味を見いだすことは大変難しい。歴史事象を細かく分析すればするほど、結局は駆け引きと偶然の結果だという結論になりがちだからである。
 本書は、この第一の困難性を乗り越えるべく、第二の困難にあえて挑戦した業績であり、しかもこれに成功した業績だといえる。著者は、数限りない政界内の出来事のなかから、「首相選定過程」のモデル化と内在的ロジックの抽出を徹底的に行うことによって、これまでの歴史研究が利用してきた資料に、著者なりの意味を与え直し、単に「政党内閣制」の成立の叙述を行うのではなく、現象の背後にある「なぜ」を「説明」したのである。その結果、本書は、最後の元老西園寺公望の役割と認識についての再定式化を行い、加藤高明のもとでの憲政党の責任政党化の動きを説明し、それらの背後で徐々に強まっていった国民の政治参加拡大を当然視する言説の形成を指し示すことに成功した。
 著者は、このような歴史の再解釈を行うことによって、従来の先行研究に修正をせまり、しかも、現代世界の各地での民主化について関心をもつ人々に、非常に興味深い権威主義体制内での民主化の事例研究を提示したのである。
 もちろん、本書を読む読者は、この本はこのままでは完結していないとの感想を持つのではないか。著者も、末尾で触れているように、この「政党内閣制」は、満州事変から五・一五事件に続く激動のなか、わずか五年で崩壊したからである。本書は、たしかに明治憲法体制という権威主義体制のもとでも、相当程度の民主化というべき制度が形成されたことを説明した。しかし、これが短期のうちに崩壊したことも事実である。多くの民主化研究にあるように、軍との関係などに着目しつつ、世界の民主化プロセスとの理論的関連を明確化させ、戦前日本における「政党内閣制」の崩壊過程という、これまた一回かぎりの事象を、普遍的枠組みで説明することが、著者に課せられた次なる課題ではないか。

田中 明彦(東京大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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