選評
政治・経済 2004年受賞
『現代中国の政治と官僚制』を中心として
(慶應義塾大学出版会)
1953年、東京都大田区生まれ。
1981年、慶應義塾大学大学院博士課程修了(政治学専攻)。
慶應義塾大学法学部専任講師、助教授を経て、1992年より慶應義塾大学法学部教授。この間、ハーバード大学フェアバンクセンター、北京大学政治学・行政管理学部、台湾大学法学院などで客員研究員を勤める。現在、慶應義塾大学東アジア研究所所長を兼任。2002年、法学博士(慶應義塾大学)。
専門は現代中国政治・外交、東アジア国際関係。
著書:『中華人民共和国』(筑摩書房)、『アジア時代の検証 中国の視点から』(朝日新聞社)など。
天安門事件のあと、最高指導者・は「社会主義市場経済」を改めて方向づけた。国際的な市場経済の中で中国経済の発展を図るが、共産党支配は変えないとの方針である。中国は民主主義なしに資本主義経済を食い続けることができるのか、それが冷戦終結後の世界における変らぬ関心である。著者にとっても、中国の民主化は究極的関心であるに違いない。そのような未来展望の前に、本書は中国政治について別の重要な問題を提起する。官僚制がどのような役割を果しているかである。
たとえば近代日本については、たえず入れ替わる政治的主人公以上に、官僚制が持続的に中枢的役割を果したことはよく知られている。人民中国においてはどうか。党の優位が不動である。共産党の一党支配は国是であり、それとともに人の支配、「人治」も中国政治の特徴とされる。中国において大物政治家は法規を超えることができる。合法的支配の中枢装置たるべき行政機構は、中国にあって党と人によって絶えず揺さぶられ、歪められる。
本書は中国の官僚制を測定するに際して、国家計画委員会をまな板にのせた。中国革命直後にソ連のゴスプランをモデルに、社会主義的な計画経済を推進するために導入された制度である。それは人民中国において重要な役割を変ることなく果し続けたか。否である。かくも、と嘆息するほどに、政治変動の中でその盛衰は激しい。その消長を分析しつつ、本書は中国の政治的潮流の変転を浮び上がらせ、それを通して良かれ悪しかれ変らぬ中国政治の重力の如きものを描き出している。
建国後の1952年に設立された国家計画委員会は経済諸機関を束ねる最高機関として、翌年に始まる第一次5ヶ年計画を推進した。戦後日本の経済安定本部にも増して輝かしい最高経済機関であった。しかし、58年に毛沢東が大躍進の号令をかけ、経済合理性を無視した人民公社化を断行すると、委員会は光を失った。60年代を迎えて劉少奇や鄧小平により経済調整策が探られると息を吹き返したが、数年後に毛が文化大革命を発動するに至って、再び沈む。
70年代末、鄧の下で「開放改革」の経済再建が始まると、委員会はもう一度輝かしい中央経済管理機関に蘇ったかに見えた。しかし今度は市場主義自体が国家計画の敵となった。とりわけ朱鎔基改革は小さな政府を推進し、市場経済と貿易を重視した。委員会はわが国の経済企画庁にも似た役割しか持たぬ機関に改編される。
本書は国家計画委員会の歴史をたどりつつ、中国における人・党・行政機関の関係が織りなす構図の変動を語り、中国政治構造の一断面を切り開いて見せた好著である。著者は第一線の中国学者であるとともに、実際の中国動向を観察し、それを明快な文章と言葉をもって日本社会に伝えてきた一人でもある。中国の重要さと難しさを想えば、著者が重ねてきた均衡と中正を見失わぬ研究と認識は貴重である。
五百旗頭 真(神戸大学教授)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)