選評
思想・歴史 2003年受賞
『沖縄問題の起源 ―― 戦後日米関係における沖縄1945-1952』
(名古屋大学出版会)
1968年、米国ニュージャージー州生まれ。
1990年、米国バージニア州リンチバーグ大学国際関係学部卒業の後、来日。文部省JETプログラムで兵庫県多可郡中町で英語教師を勤める。
1999年、神戸大学大学院法学研究科博士課程後期課程修了(日本政治外交史専攻)。同年、政治学博士号取得(神戸大学)。
日本学術振興会特別研究員、サントリー文化財団フェロー、平和・安全保障研究所研究員を経て、2001年より大阪大学大学院国際公共政策研究科助教授。
専門は日本政治外交史、日米関係論、安全保障、戦後沖縄史。
著書:『奄美返還と日米関係』(南方新社)など。
外交史の王道をいく研究者に久々振りに出会った感がある。著者は戦後日米関係の中の「沖縄問題」というテーマに関しては、体系的な研究がほとんどないと述べる。その上で政治モデルを用いての沖縄返還の分析はあるものの、「沖縄問題」そのものの政治・外交的歴史を明らかにしたものはないと言い切る。
では、戦後日米関係の中に「沖縄問題」はどのように位置づけられるのか。著者はともすればややこしい周辺事情に目を奪われがちな「沖縄問題」に対して、それこそ真正面からのアプローチを試みている。日米双方で教育と研究の機会を得たアメリカ人の若き研究者は、この問題をめぐる資料の山に、見事なほど素直に分け入った。
そのことは、本書の末尾に付された20頁もの膨大かつ緻密な「参考文献」一覧を一読すれば容易にわかる。往々にして、知的ディレッタンティズムの発露以外の何ものでもないと思われる一覧表に辟易するが、著者は愚直なまでな知的廉直さを示す。そもそもこの一覧には、シロウト眼にも理解可能な区分と整理が施してある。
具体的に見てみよう。日米の公文書、私文書といった文献資料のみならず、ここには既に蓄積されたオーラル・ヒストリーの記録、及び著者自身が試みたオーラル・ヒストリーが、一次資料として適格に扱われている。ジョージタウン大学、プリンストン大学、コロンビア大学、トルーマン大統領図書館などにおける、1960年代以降集成されたオーラル・ヒストリーが、著者の正攻法による歴史の実証に活用されている。
その際著者の視点は一つに絞られる。沖縄の領土的位置付けを、アメリカの極東戦略及び日本の安全保障戦略という密接にして不可分な点において論じつつ、時系列的に詳細に分析していく。
とりわけ「天皇メッセージ」の解釈は無理がなく面白い。天皇や皇室の政治的影響力は、日本国憲法の下で、特に片山・芦田中道左派連立内閣の統治下で、逆説的にもせよ増大していく。このことは『芦田日記』に加え、最近明らかになった『田島道治文書』によって、前にも増してはっきりしてきている。主権を日本に残したまま長期租借でいくというfictionに基づく占領方式をとるべしというのが、天皇メッセージだ。このfictionを「虚構」ではなく「便法」に近い「擬制」と訳した点に、著者の歴史内在的な言語センスの鋭さを感じさせる。同様のことは、このfictionがself-interestに基づいた天皇の希望であるとの箇所で、self-interestを「天皇の利益」ではなく、文字通り「国益」と読み解いた解釈に明らかだ。
破天荒な解釈はまったくない。外交史の王道をいく本書にとって、それはむしろ当然のことであろう。最後に、最近この手のこくのある書物を次々と刊行している名古屋大学出版会に、「今後も目利きたれ」と、拍手を送りたい。
御厨 貴(東京大学教授)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)