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サントリー学芸賞

選評

政治・経済 2002年受賞

細谷 雄一(ほそや ゆういち)

『戦後国際秩序とイギリス外交 ―― 戦後ヨーロッパの形成 1945年〜1951年』

(創文社)

1971年、千葉県市川市生まれ。
慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程修了。
北海道大学大学院法学研究科専任講師を経て、現在、敬愛大学国際学部専任講師。慶應義塾大学法学部非常勤講師も勤める。
著書:『ヨーロッパ国際関係史』(共著、有斐閣)

『戦後国際秩序とイギリス外交 ―― 戦後ヨーロッパの形成 1945年〜1951年』

 大国が衰退する時、パワーが落ちる分を影響力によって補う必要に迫られる。求められるのは外交と外交の冴えである。それをよく用いることで、自らの地位と発言力を長持ちさせる新たな国際秩序の形成を促すこともできる。
 第二次世界大戦後に勝利したものの、英国はそうした挑戦に直面していた。それを英国は米国との大西洋同盟によって克服し、「国力以上の発言力」を確保したのである。
 細谷雄一氏は、これまで長い間支配的だった「核」と「米ソ」ではなく「外交」という切り口から英国にとっての戦後欧州の国際秩序の形成過程を解き明かそうとする。
 なかでも英アトリー労働党の戦後外交を司ったアーネスト・ベヴィンの「西欧同盟」論がどのようにして「大西洋同盟」路線へと収斂していったのか。ここで細谷氏は「ストラング委員会」に注目する。当時のウィリアム・ストラング外務次官が設置した戦後の英外交のあり方検討委員会だ。「英米関係」についての同委員会の最終文書は、英国と米国の密接な関係が崩れる可能性として、1.米国が英国ではなくドイツとの緊密な関係を結ぶ可能性 2.孤立主義への後退の可能性 3.米国とロシアとの和解の可能性、の三つを挙げた。
 それを防ぐために英国は何をなすべきか。それには、英国の弱体化した経済を立て直し、世界大国としての英国の影響力を維持しなければならない。ただそのためにも英米関係の緊密化が不可欠となる。ベヴィンも結局はこのリアリズムを抱擁する。かくして英国は1950年5月のシューマン・プランによる欧州統合計画への参加を見送ることになる。
 この間、英国の駐米大使はオックスフォード大学教授から外交官に転じたオリバー・フランクスだった。この時期、「英米関係は、外交官たちに任せるにはあまりにも重要すぎる」と英国の為政者は捉えていた。フランクスはアチソン米国務長官と深い信頼関係を結ぶ。アチソンは数日おきにフランクスの自宅に足を運び、夕食を楽しみながら国際情勢について親密に話し合った。「大西洋同盟を円滑に進める上で、そして英米関係における信頼を形成する上で、このフランクスの存在は無視できぬものであった」。
 細谷氏の言いたいことは「外交とは結局のところ、人間と人間の交渉である」ということにある。畢竟、国際秩序は外交の業であり、外交は人間の営みなのである。「戦後我々は、あまりにも軍事力や経済力という数字に表れる要因ばかりに目を奪われてしまい、巧みな外交のなし得る余地を見失っているのではないか」と細谷氏は問う。
 それはそのまま、いまの日本外交の課題でもある。日本のパワーが衰退する中、それは一段と切実な問いかけとなっている。
 英国のアキレス腱であった経済と大英連邦が、英国の目指す英米関係と欧州国際秩序形成にどのような矛盾をもたらしたのかなどもっと知りたいところだが、それは今後の研究成果に待ちたい。

船橋 洋一(朝日新聞社コラムニスト)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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