選評
社会・風俗 2002年受賞
『宮崎駿の<世界>』
(筑摩書房)
1964年、東京都杉並区生まれ。
和光大学人文学部卒業。
「キネマ旬報」「朝日新聞」「毎日新聞」等に連載する一方、書籍の編集、出版プロデュース等も行う。現在、和光大学講師を勤める。
著書:『ある朝、セカイは死んでいた』(文藝春秋)、『地球はウルトラマンの星』(ソニー・マガジンズ)、『怪獣使いと少年』(宝島社)など。
「風の谷のナウシカ」から「千と千尋の神隠し」まで、宮崎駿のアニメーション映画はその質の高さで若い世代から大人まで幅広い支持を得ている。絵の美しさ、意表を突く想像力の飛翔、主人公の少年や少女たちの生きようとする力……宮崎アニメには、現代のただなかで生きている人間と正面から向きあおうとする「熱」がある。
切通理作氏の『宮崎駿の<世界>』は、この「熱」の意味に迫った堂々たる作家論、作品論、そして同時代論である。アニメをサブカルチャーとして軽く見るのではなく、自分が生きてゆくうえで重要な力の源なのだと、真剣に語っている。宮崎アニメに拮抗する「熱」がある。
子供の頃から宮崎アニメの「未来少年コナン」や「ルパン三世」を見て育ってきた新しい世代ならではだろう。「風の谷のナウシカ」によってはじめて宮崎アニメの良さを知った私などの世代とは、思い入れの深さが違う。
環境汚染は進んでいる。森や林はどんどん失なわれている。世界のどこかでいつも戦争が起こっている。人間たちが寄ってたかって地球を痛めつけている。
そんな時代にあってもなお少年たちよ、少女たちよ、生きろ。宮崎アニメの根底にはいつもこの「肯定の意志」がある。汚れた時代だからこそ強靭に生きなければならない。「肯定の意志」から「熱」が生まれる。
切通氏は、世界への絶望、否定のほうへ揺れながらも、最後にはいつも「肯定の意志」によって宮崎アニメと深くつながる。氏にとっては、宮崎アニメは、一アニメーションという枠を大きく超えて、思想、いや氏の生そのものになっている。
宮崎アニメのメッセージ性を語る一方で、氏は作品としての細部にも丁寧に目を配る。少年や少女たちがいつも丸みを帯びて描かれること、少女たちの魅力を風と髪の揺らめきで表現すること、動きが重視されるアニメにあって動きだけではなく一瞬の静けさがあること、など次々に宮崎アニメの特質を挙げているのが作品論としての深みになっている。
とりわけ、宮崎アニメでは少年や少女たちがよく空を飛ぶことに注目し、飛翔と落下の反復のなかに、「肯定の意志」を読みこんでゆくところは説得力がある。
「睡眠不足はいい仕事の敵だ」という考えから、宮崎駿が、徹夜続きのアニメ制作現場の改革に取り組み、賃金を保証する代わりにタイムカードを導入した、という現場の話も面白い。
宮崎駿は初期の「未来少年コナン」から「風の谷のナウシカ」「千と千尋の神隠し」へと、ひとつのスタイルに安住することなく、つねに冒険と成長を繰返している。それを論じる切通氏自身も「肯定の意志」を支えに、成長を続けている。
これからの期待という意味もあるサントリー学芸賞にふさわしい人だと思う。
川本 三郎(評論家)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)