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サントリー学芸賞

選評

芸術・文学 2002年受賞

加藤 徹(かとう とおる)

『京劇 ―― 「政治の国」の俳優群像』

(中央公論新社)

1963年、東京都北区生まれ。
東京大学大学院人文科学研究科単位取得満期退学。
中国政府奨学金高級進修生として北京大学中文系に1年間留学。
広島大学総合科学部専任講師を経て、現在、同助教授。
著書:『演劇と映画』(共著、晃洋書房)、『人間理解のコモンセンス』(共著、培風館)

『京劇 ―― 「政治の国」の俳優群像』

 わが国でも京劇のファンは多く、解説書の類いも少なくはない。が、「『政治の国』の俳優群像」とサブタイトルされた本書は、これまでのどの類書とも異なっている。記述のわかりやすさとともに、これが最大の魅力である。
 では、どう違うのか。
 京劇へのアプローチが思いもしなかった角度からなされる。そもそもの誕生以来、京劇と政治との関わりがどの国のいずれの演劇よりも深くて濃く、俳優のエピソードを軸にして、それに焦点が当てられる。その面白さに思わず引き込まれると言っても過言ではない。
 巻を開いてほどなく、京劇の言葉、中国の標準語である北京語が、満州人の創始によるとの記述があって、このことにまず驚かされる。京劇も満州人が樹立した清朝のもとで誕生し、形成されるが、清朝は漢民族をはじめとする異民族統治の一手段として、京劇を積極的に利用したというのである。つまり、京劇はそもそもが政治がらみの中で生まれ、それは現在の中華人民共和国にまでいたる。
 わが国では京劇の俳優としては梅蘭芳がもっとも知られ、舞台を目にした人も多かろうが、この艶麗な女形が、日中戦争下の筋金入りの抗日の闘士だったことを、どれだけの人が知っていようか。いや、清朝の皇帝をはじめ、政治の最高権力者がいかに京劇を好み、自ら進んで舞台に立ったか、のみならず、それをいかに政治的に利用したか、これほど詳細に記した著書があったろうか。
 その意味では本書は知られざるもうひとつの中国の近現代史にほかならず、この国を理解する有効な補助線たり得ている。演劇が社会の鏡だとはよく言われるが、本書を読めばだれもがこのことを痛感するに相違ない。次の挿話はそういう例のひとつである。
 いまだに不明なことの多いプロレタリア文化大革命は、1965年の11月に、新編歴史京劇『海瑞罷官』への批判論文を発火点として起こった。文革中はそれまでの京劇が徹底的に弾圧され、8本の革命模範京劇しか上演を認めず、女優だった毛沢東夫人の江青らが先頭に立って、猛威を奮った。が、やがて毛沢東は「四人組」の文芸路線に不満を感じるようになり、それを批判的に見るようになる。とはいえ、病がちの高齢の毛沢東には何もできず、無力感と絶望感の中で、最後に回帰したのが古典京劇の世界だった。余命いくばくもなかった毛沢東は極秘裏に古典京劇の映画を撮らせ、わずかに見える左目で、それを見て自らを慰めるしかなかった。

 毛沢東は演劇を政治的に利用した中国最後の権力者だったが、この悲壮とも悲哀とも、何とも言いようのないエピソードから、汲むべきものは多いだろう。と同時に、よくも悪くも、わが国の演劇をめぐる環境の違いに言葉もない。
 中国語をよくし、手持ちの多いことが察しられる著者の守備範囲は、単に京劇にとどまらぬだろう。何より若さという掛け替えのない「武器」がある。本書をひとつのスプリングボードに、鮮やかな三段跳びを期待しても、ないものねだりではないはずである。心からのお祝いを申し上げるとともに、今後のご活躍を楽しみつつ、見守りたい。

大笹 吉雄(大阪芸術大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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