選評
政治・経済 2001年受賞
『「アメリカ」を超えたドル ―― 金融グローバリゼーションと通貨外交』
(中央公論新社)
1956年、大阪府守口市生まれ。
京都大学大学院法学研究科中退。
京都大学法学部助手、姫路獨協大学法学部教授、ジョーンズ・ホプキンス大学客員研究員、ピッツバーグ大学客員教授、ラルフ・バンチ国連研究所客員研究員などを経て、現在、防衛大学校国際関係学科教授。
著書:『国連財政』(有斐閣)など。
田所昌幸氏著『「アメリカ」を超えたドル』は現代通貨外交史の秀作である。
世界最大の債務国アメリカの通貨ドルが依然として覇権的地位を維持しているのはどうしてか。この逆説を解くカギを著者は、70年代のオイルマネー還流問題を機に表面化し、80年代のグローバリゼーションの波に乗って確立したように見える「国際通貨の民営化」に求めている。そしてそこに至る通貨外交の流れを、ブレトンウッズ体制の発足時にさかのぼり、かつユーロの発足とアジア通貨危機など最近時点の動向をも展望して、現代における通貨と市場と国家との関係を問いなおし、整理している。
この間の複雑な過程を、著者はアメリカ、ヨーロッパ、日本等に幅広く目配りし、学説、制度、思想、記録、評価を取り合わせつつ、卓抜な構想力でまとめていく。すでに紹介した本書の表題やキーワードが、著者の優れた着想力を物語っているが、そのほかにも「グローバリゼーションの弁証法」など、名文句に事欠かない。ハプニングだらけの政策決定現場エピソードや、ホワイト、ケインズ、トリフィン、その他の人物描写が巧みに織り交ぜられて、本書は「読む歴史」「教養の書」としての楽しみにも満ちている。この側面は古い時代を扱った部分では特に顕著で、時代が下ると触れなければならない事実の記述がどうしても多くなる。後知恵で事件が自然淘汰されていくのには時間がかかるので、これは歴史書の宿命だ。ただその制約の中でも、著者の包括的で行き届いた整理には感銘を受ける。
著者の英知にあふれ、バランスの取れた歴史記述によって、読者は現代の構造を知らず知らず理解させられていく仕組みだ。そこにサントリー賞が対象とする「学芸」の書としての本書の面目がある。
その反面、本書では、「(これら)三つの見解は相互に背反するものでなく、どれも一定の真理を含んでいて力点のおき方の相違にすぎない」(239ページ)とか「一国の真の支配者は(選挙民ではなく)国際金融市場であるということになろう。・・・しかし国家は今後も通貨に対してさまざまなユニークな影響力を持ち続けるであろう」(325ページ)等々、イエス・バット的、折衷的な表現が少なくない。これを本書の慎重で良識的な判断と肯定的に見る人がいると同時に、常識的、趣味的で飽き足りないとする批判的な読者もいるだろう。本書から何を学ぶかは読者次第というほかはない。
一読者としての私は、これだけの秀作をものにされた若い著者が、次の作品でどのような方向へ進まれ、どのようにその才能をさらに開花されるのか、期待をもって見守りたい。本書のスタイルを守ってその続編を書き継がれるのもよい。荒々しい現実に迫り、勇敢な時論家・ジャーナリストとしても活躍されてよい。ホットで苛烈な政策論争に加わられるのもよい。精緻で鋭利な理論モデルの構築に進まれるのもよい。あるいは物見の塔にこもって芳醇な知恵をさらに成熟させ、歴史の林間に逍遥されるのもよい。それらのいずれであれ、著者の選択を支持し、その前途をまえもって祝したい。
香西 泰(日本経済研究センター会長)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)