選評
政治・経済 2001年受賞
『途上国のグローバリゼーション ―― 自立的発展は可能か』を中心として
(東洋経済新報社)
1957年、兵庫県神戸市生まれ。
スタンフォード大学経済学Ph.D.課程修了。
国際通貨基金エコノミスト(調査局・中東局)、筑波大学社会工学系助教授、埼玉大学大学院政策科学研究科教授を経て、現在、政策研究大学院大学教授。
著書:『国際通貨体制と経済安定』(東洋経済新報社)、『市場移行戦略』(有斐閣)、『ドルと円』(共著、日本経済新聞社・MIT Press)など。
アフガニスタンをどう立て直すか、国づくりを行うか、という課題が戦略的な一大テーマとなってきた。「失敗国家」から「成功国家」へのパラダイム転換が可能かどうかの試金石となるからである。
だが、この国ほど戦火で荒れ果てた国も少ない。その作業は困難を極めるだろう。しかし、それをしないことにはここは再びテロリストたちの巣窟となってしまうかもしれない。
国連による国づくりが必要、までは一致しても、どこからどう始めるか、となると誰も妙案がない。
私は、大野健一氏にその青写真を描いてもらいたい、と『途上国のグローバリゼーション』を再読しつつ、思った。麻薬と援助(戦後復興となると援助がつぎ込まれる)以外のどんな産業を育てるべきか。既存の生産活動と生活基盤を崩壊させずに社会に根づいたやり方で進めなければならない。独立心の強い企業家をいかにして育成するか。ここの経済を国際経済に統合させる一方で、過度の統合圧力を緩和させなければならない。
大野氏がこの本で活写しているように近隣のキルギスタンが一時「市場経済移行の優等生」のようにもてはやされながら、結局はとん挫してしまった例を思い起こす必要がある。
ここでは自由開放路線から派生する所得格差の拡大と日本をはじめとする外国からの援助の債務支払いの困難という二つの問題に苦しんでいる。大野氏は「キルギスタンは早晩サブサハラアフリカと同様、公的借金を帳消しにしてもらうしか策のないどうしようもない経済に転落してしまう可能性がある」と診断する。
大野氏はすでに『市場移行戦略――新経済体制の創造と日本の知的支援』などの著作で研究者としての力量は折り紙付きである。この本では、各国の開発現場に入り込み、そこからそれぞれの社会の可能性と制約を洞察し、氏の言うところの「『経済発展』という言葉が持ちうる可能性の広さ」をわれわれの眼前に自在に示してみせる。ハノイの三人娘との交流の話は読む者の心を和ませるが、それは同時に、経済発展を下から突き動かすミクロ的な動態のありよう――例えば、英語と学校とインターネット――を鮮やかに描き出している。だが、ここでもカギは社会の中に眠っている、あるいは埋め込まれている経済とその精神の抽出であり、新たな文脈に照らしてそれを適切に再解釈することなのである。グローバリゼーションによってそれは生きもすれば死にもする。グローバリゼーションとは一筋縄ではいかない代物である。グローバリゼーションを善悪どちらとも物神化せず、その中に身を置いてその光と陰を緊張関係の中に対象を位置づけ、「何が可能か」を考察する実践家としての面目躍如である。
明治以降、さらには江戸以後の日本の経験の結晶を21世紀の途上国・移行国の経済開発に役立てることができるかどうか。 そう、アフガニスタンはどうか。
日本の次の挑戦の舞台が広がっている。
大野氏のこの本を読んで、日本はまだまだやることがあると、久しぶりに元気づけられた。
船橋 洋一(朝日新聞社特別編集委員)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)