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サントリー学芸賞

選評

社会・風俗 2000年受賞

武田 徹(たけだ とおる)

『流行人類学クロニクル』

(日経BP社)

1958年、東京都練馬区生まれ。
国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程退学。
フリーランスのジャーナリストとして活動する一方、法政大学社会学部兼任講師、東京都立大学法学部非常勤講師などを勤める。
著書:『隔離という病い』(講談社)、『デジタル社会論』(共同通信社)

『流行人類学クロニクル』

 800ページを超える大著。サブカルチャーの流行現象を論じ尽くした大変な労作である。80年代のバブル期に、それまで周縁的存在だったサブカルチャーがいつのまにか日本の社会、風俗の中心に来てしまった。
 それまではメインカルチャーとの対比でしか語られてこなかったサブカルチャーをその内部に深く入りこんで語ることが必要になってきた。
 しかもそのサブカルチャーは限りなく多様化、細分化、さらにはオタク化し、全容をとらえるのは容易ではない。
 武田徹さんの『流行人類学クロニクル』はこのとらえどころのないサブカルチャーの現場の奥へ、細部へと入り込み、浮遊する実態をとらえようとしている。
 まず量に驚かされる。小演劇、カメラ・ギャル、ダンスブーム、和製ロック、ファミコン、テレクラ、ゲームセンター……と80年代から今日にいたるまでのありとあらゆる流行現象を追っている。それも、単にモノやファッションにとどまらず、精神世界、犯罪にまで及んでいる。
 「王の掟は、街の掟に敗れる」というベトナムの諺を手がかりに、徹底して流行現象の現場に足を運んでいるのもすごい。大所高所からことを論じるのではなく、まず、現場に行く。それに関わる人間たちに取材し、生まの声を聞く。フィールドワークである。
 サブカルチャーとは、ストリートの雑踏のなかから生まれてくるものであり、それを知るには、研究者自身が雑踏の熱気に身をさらさなければならない。性急に結論づけたり、意味付けをしたりする前に、まず自分の足で雑踏を歩く。
 雑誌に発表した文章を集めた本は、通常は散漫になるものだが、エイズが語られているとなりでテレクラが語られるというように、絶妙の対比的コラージュになっている。また、雑誌にそのつど発表されていることから、ストリートの熱気が時間とともに波のように押し寄せてくる迫力がある。
 それにしても、日本の社会はバブル以後、大きく変質したと改めて思わざるを得ない。モノがあふれかえった現代の消費社会は、かつて予想もつかなかった風俗、事件、モラルの変容をもたらしている。「民主主義」「平和」といった理念が健在だった時代から、いかに遠くまで来てしまったことか。
 武田徹さんは1958年生まれ。80年代に青春を送り、激変していく消費社会のただなかで生きてきた世代である。サブカルチャー、流行現象を外からではなく内から、わがこととして思いをこめて語っている。といって決してそれに足元をすくわれることもない。雑踏の熱気に身をとらえられながら、つねに冷静である。われわれが生きているいまを見事にとらえている。
 「社会・風俗部門」にこれほどふさわしい本はない。

川本 三郎(評論家)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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