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サントリー学芸賞

選評

政治・経済 1999年受賞

村田 晃嗣(むらた こうじ)

『大統領の挫折 ―― カーター政権の在韓米軍撤退政策』

(有斐閣)

1964年、兵庫県神戸市生まれ。
神戸大学大学院法学研究科博士課程修了。
米国ジョージ・ワシントン大学留学、広島大学総合科学部専任講師を経て、現在、広島大学総合科学部助教授。
著書:『米国初代国防長官フォレスタル』(中央公論社)

『大統領の挫折 ―― カーター政権の在韓米軍撤退政策』

 カーター大統領の在韓米軍撤退政策の始まりから動揺、そして挫折に至るまでのプロセスに焦点をあてながら、日本をとりまく東アジアの安全保障環境を論じることが本書の目的である。そしてこの目的は十分な成功をおさめている。
 カーターは大統領候補の指名獲得に先立つ1976年6月、「韓国と日本との協議のうちに徐々に在韓米地上軍を撤退させることは可能であろう」と発言した。カーターが大統領に就任した1977年1月末段階で、在韓米軍の規模は約40,000人。撤退の焦点となったのは、第二歩兵師団14,600人で、アジア大陸における唯一の地上部隊、24時間警戒態勢にある世界で唯一の米軍部隊である。したがって、その在韓米軍を撤退させるという政策の始動と挫折が大きな問いとなって検討されるのは当然であろう。
 ところがこの在韓米軍の内容・実態について知るものは、日本では多くはあるまい。評者も一日本人として、在韓米軍と在日米軍は似たようなものだと想像してきた。しかし本書はその意味と重要性が両者でかなり異なることを、米韓同盟と日米同盟との比較において明快に説き明かしている。その点でも単なる研究書としてだけではなく、日本の安全保障を考えるための良質の啓蒙書としても広く読まれるべきであろう。
 本書の面白さは、米国の大統領の公的権限の強さはしばしば指摘されることではあるが、軍部や官僚がその大統領の心を変えるのに2年半の歳月を要したという事実によって、システムとしての(人物としてではなく)大統領の強さが具体的に描かれていること、そしてR・ホルブルック(当時東アジア担当国務次官補)をはじめ30名近い関係者にインタビューを重ねながら、カーター周辺の人物像を生き生きと描き出している点である。朝鮮戦争以後のアメリカと朝鮮半島の関係を分析した信頼できる書物が少ないという点でも、本書の意義はきわめて大きい。
 韓国側の動きや韓国側資料についての言及が少ないこと、あるいはカーター政権による在韓米軍撤退の立論についての分析が不十分な点などが審査委員会でも議論になった。しかし米韓関係の研究に日本人が挑戦し、ひとつの良質な成果をおさめたことは皆の認めるところであった。 この若い研究者の才能が、これからさらにどのような方向にむかうのか。研究者の間だけでの発言にとどまるのか、ジャーナリズムを通してより広い読者にまで届くようになるのか。いずれにせよ達者な書き手が現れたものである。

猪木 武徳(大阪大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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