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サントリー学芸賞

選評

芸術・文学 1999年受賞

永渕 康之(ながふち やすゆき)

『バリ島』

(講談社)

1959年、兵庫県尼崎市生まれ。
大阪大学大学院人間科学研究科後期課程退学。
米国カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、ライデン大学客員研究員などを経て、現在、名古屋工業大学工学部人間社会科学講座助教授。
著書:『思想化される周辺世界』(共著、岩波書店)

『バリ島』

 ポストコロニアルなどと呼ばれる状況の中で、今われわれは芸術や文化全般に対する見方の転換を様々な形で迫られている。かつてわれわれが当然のこととして受け入れていたものの見方や価値観の中に、知らず知らずのうちに統治国が植民地に向けるまなざしが刷り込まれていることに、否それどころか、統治されている当の植民地の人々自体がそういうまなざしをすすんで共有する「共犯者」の役割を果たしていたりすることに気づいて愕然とすることがある。
 「神々の島」、「芸術の島」などと呼ばれ、その楽園ユートピア的なイメージで多くの観光客を引きつけてやまないバリ島であるが、本書はそんなバリ島のイメージそのものがまさに植民地主義的な状況の中で西洋人の側の視点から形成されていった過程を、1931年にパリで行われた国際植民地博覧会と、1937年にアメリカでベストセラーとなったミゲル・コバルビアスの『バリ島』の出版という二つのできごとを軸に、見事に説き明かしている。その論述は実に鮮やかであり、そのようにしてわれわれの通俗的な「バリ島イメージ」が脱構築されるだけでも大したことなのだが、本書を読むと、そのことがただ単にバリ島という一事例の研究として意味をもつことをこえて、そもそも文化とは何なのかという根本的な問題を突きつけられたような思いに駆られるのである。
 われわれは何かにつけて、文化の正統性とか、由緒正しさとかいうことを語りたがる。そして、そういう「ホンモノ」の文化を大切にし、「マガイモノ」を排除することこそが文化的な営みだと無意識に思ってきた。本書を読むと、そういう一見正統的な「ホンモノ」にみえるようなあり方が実はしばしば食わせ物だということをいやというほど感じさせられるのであるが、そういう正統性の「神話」の中で、当の被支配者であったバリ島の人々までもがそういう支配者側のイメージを内在化させて、そういう「外」との関わりの中で自己の文化を形成してきた歴史を考えるとき、問題はそういう「神話」を解体することによって真実が明らかになるというような単純なものではなく、文化というものはそもそもそういう「外」との関わりの中で形成されるものだという認識から出発してものを考えることこそが求められているということに気づかされるのである。
 そう、ことはバリ島だけ、狭い意味での植民地主義にかかわる事態だけにとどまるのではない。パリのシャンソンだって、ウィンナワルツだって、否ありとあらゆる芸術文化のあり方はそういう「外」との関わりのうちで、そこにはたらく様々な力関係のなかで形成され、何らかのアイデンティティを獲得するにいたったものであるにちがいないのである。そういうまなざしのもとにあらためて見直してみることによって、われわれの見慣れた対象が全く別の光を放ちはじめる、芸術をとりまく、そういうもう一つの世界があることをこの本はわれわれに教えてくれるのである。

渡辺 裕(東京大学助教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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