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サントリー学芸賞

選評

政治・経済 1998年受賞

高尾 義一(たかお よしかず)

『金融デフレ』を中心として

(東洋経済新報社)

1947年、大阪府堺市生まれ。
神戸商科大学商経学部卒業。
野村総合研究所経済調査部長を経て、現在、野村総合研究所研究理事。
著書:『平成金融不況』(中央公論社)

『金融デフレ』を中心として

 日本の金融システムは破綻に瀕しており、それが日本経済全体を危機に陥れている。これだけの大事件にしっかりした分析を加え、広い視野からの展望を提示することは、学者、専門家、ジャーナリストを含めた社会科学的知性の社会的責任に属する。
 高尾義一氏はこうした危機の到来を最も早く、最も正確に看取し、一貫して警告してこられた一人である。氏の発言はいつも機敏で丹念な情報の収集と、その深い読みに基づいていた。私も何度かそれに接して、その都度目からうろこの思いをした。
 今回の受賞は『金融デフレ』の出版がきっかけだが、その背景には高尾氏のこれまでの論文、レポート、座談、討論等を通じての活躍がある。
 この本は『平成金融不況』(1995年)に続くもので、この2作によって氏の分析がまとまった形でより広範な読者に知られるようになった。本書では95年から97年央くらいまでの金融トピックスが順次論評される。そこでは東京共同銀行の設立、コスモ、木津信組、兵庫銀行の破綻、住専問題の処理、大和銀行不正事件などについてその背景や問題点が鋭くえぐり出されている。
 この本は日本金融の「解体新書」として、病巣の腑分け=背景にあるメカニズムの解明にメスをふるう。金利裁定が何をもたらすか、資金の根づまりがなぜおこるか、平易だが筋を通した説明がある。一銀行員の個人的犯行とされた事件について、金融国際化のなかでの外銀監督強化の流れや、これについての日本の金融行政の無感覚さが暴露される。日銀の金融緩和と国際金融市場での邦銀の資金確保難との関連が追及される。
 この本の対象時期の直後、アジア通貨危機や国内大型金融破綻が相次ぐ。その到来をあれだけ正確にまた深刻に受けとめていた著者でも、事前には口頭では触れつつもあえて筆にはしなかった範囲と程度にまで、金融危機は拡大し深化した。書籍刊行の時間差が残念である。しかし本書のケーススタディは、その後の展開を占う上での基礎になる。また高尾氏はその後の金融危機の発展にも深い洞察を加えられつつある。
 本書で著者は、先端的な理論構成、圧倒的な計量分析、それらによる仮説の厳密な検証といった研究・分析の王道を実践してはいない。しかしわれわれの生活基盤を揺るがせつつある重要事象が、そのような学問的作業を行うゆとりがないほど刻々と生起するとき、その密着取材と即席の分析・展望は政策決定のために不可欠であり、将来の研究へ素材と課題を提供する。マックス・ウエーバーは『職業としての政治』で、生の現実に応えつつ浅薄でない自分の意見を即座に提出する良質なジャーナリスティックな仕事の重要性に触れ、それが学者以上の天分と責任感の所産であり、特に内的緊張に耐える性格的雄々しさを必要とすると述べているが、高尾氏の仕事はこの賛辞に十分に値する。

香西 泰(日本経済研究センター会長)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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