選評
政治・経済 1998年受賞
『メインバンク資本主義の危機 ―― ビッグバンで変わる日本型経営』
(東洋経済新報社)
1954年、オーストラリア・アデレード生まれ。
オーストラリア国立大学博士号取得。
大阪大学経済学部国際協調寄付講座助教授を経て、現在、ベアリング投信株式会社日本株専門投資チーム ヘッド、ストラテジスト。
著書:"International Adjustment and the Japanese Firm"(編著、Allen & Unwin)、"Japanese Firms, Finance and Markets"(編著、Addison Wesley Longman)
著者のポール・シェアード氏は、過去20年にわたって日本のメインバンク・システムの経済合理性についてアカデミックな研究を積み重ねてきた経歴を持ち、内外の学会においても高く評価されているこの分野の第一人者である。そのような膨大な研究実績を持つポール・シェアード氏の本書におけるメインバンク・システムへの評価は、「メインバンク・システムの持つ欠点がバブル経済の崩壊によって露呈し、抜本的な構造改革を必要としていることは事実であるとしても、メインバンク・システムの持つ効率性や長所を忘れるべきではない」というものである。日本型システムは決して完全なものではないが、「赤ちゃんをお風呂の水と一緒に流すな」ということわざにあるとおり、システム転換が必要だからといって、このシステムのよい部分(赤ちゃん)までお風呂の汚い水と一緒に流してしまっては元も子もないというわけである。
現実には、日本の企業システムを支えてきたとされるメインバンク・システムが、バブル崩壊と金融ビッグバンの到来で存亡の危機に立たされている。そして、この危機を克服するため、日本のシステムをアングロサクソン型の市場型システムに切り換えていくべきだという意見が金融関係者のコンセンサスになりつつある。それにもかかわらず、ポール・シェアード氏は、これまでの日本経済発展に多大の役割を果たしてきたメインバンク・システムのすべてを否定する愚は犯してはならないとしている。
その理由として、氏は、日本型システムがアメリカ型の市場システムに移行するには膨大な転換コストがかかるという点を重視し、方向としては従来の行政依存型のガバナンス・システムからより市場メカニズムに立脚したシステムへの転換を目指すべきだとしながらも、株式の持ち合い構造のコア部分は残し、メインバンクによる効率的な監視システムを維持するのが得策だと主張しているのである。 メインバンク批判が吹き荒れ、アメリカ型システムへの転換が常識化している状況であるが、このような状況だからこそ、逆にポール・シェアード氏のような冷静な見解は傾聴に値するといえよう。現在の金融システム不安が解消した暁に、ポール・シェアード氏の論点が価値あるものとして評価される可能性は高い。その意味で、本書の本当の価値は何年かあとにさらに高まるのかもしれない。
ただし、氏が本書を執筆した時点からすでに1年数ヶ月が経過しており、日本の金融システムはその間、総会屋に対する利益供与や大蔵省の接待疑惑事件、不良債権処理の遅れなどにより著しく劣化した。執筆後に起こったこのような情勢変化をふまえた同氏の見解を再度聞いてみたいというのが多くの選考委員の意見であったことを付言しておきたい。
中谷 巌(一橋大学教授)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)