選評
政治・経済 1996年受賞
『政策の総合と権力 ―― 日本政治の戦前と戦後』を中心として
(東京大学出版会)
1951年、東京都杉並区生まれ。
東京大学法学部卒業。
東京大学法学部助手、東京都立大学法学部助教授を経て、現在、東京都立大学法学部教授。この間、ハーバード大学イエンチン研究所客員研究員を務める。
著書:『明治国家形成と地方経営』(東京大学出版会)、『首都計画の政治』(山川出版社)、『東京』(読売新聞社)など。
「御厨氏は『明治国家形成と地方経営』(1980年)ですでに広く知られているが、最近のご活躍はさらに活発で目を見はらせるものがある。
受賞の対象になった『政策の総合と権力』は、戦前の国策統合機関構想、水利開発、戦時・戦後の国土計画、戦後の水資源開発を扱った4つの論文を中心に編集されている。テーマ、スタイル、執筆時期など、かなりの幅があるが、「政策の総合」という視点と「具体的な権力過程を描く」ねらいでは共通している。
すなわち本書では、
(1)総力戦や民主主義などのイデオロギーの作用。
(2)国策主体の形成や変貌、たとえば政党の成長が官僚の専門化を促進する等の過程。
(3)治水、農業水利、発電水利、電源開発、水資源開発、国土開発・計画等の政治アリーナ。大正時代の政党政治にとっては、農業水利事業(我田引水)は鉄道敷設(我田引鉄)と並んで重要な政治基盤確保・拡大の手段であった。戦後民主主義の時代には、地方開発から始まって国土総合開発が政治課題とされた。
(4)それらが入り交じる権力過程。著者はこれを一方で一次資料の発掘と分析など歴史研究の基本操作を忠実に実施しつつ、他方で「多面的展開」「複層的展開」「戦略的体系化」「空間的ネットワーキング化」等の概念のもとに類型化を試みている。 本書は、水利や国土など社会的経済的に興味深い政策分野についての権力過程を緻密な学問的手法を適用して分折したもので、これによって日本における政策形成の実像の解明が一段と進歩したと評価できよう。本書は第4章以外は専門的論文ではあるが、その一方で記述のおりふしに原敬、近衛文麿、田中角栄など個性ある政治家、松井春生その他のテクノクラートの風貌が偲ばれて、なつかしく読むことが出来る。
なお受賞理由に「―を中心として」とあるのは、本書1冊だけでは受賞に不十分だという意味ではない。全くその逆に『東京』(1996年)や「馬場恒吾の面目」(季刊「アステイオン」連載、1994~96年)など、それぞれに学芸賞に十分値する力作が同時並行的に発表されており、それに言及しないのは不公平だとの意見が選考委員から出たためである。
香西 泰(日本経済研究センター理事長)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)