選評
芸術・文学 1996年受賞
『写真美術館へようこそ』
(講談社)
1954年、宮城県柴田町生まれ。
筑波大学大学院芸術学研究科博士課程修了。
以後、フリーの写真評論家として活動。この間、季刊写真誌「deja-vu」編集長を務める。
著書:『「芸術写真」とその時代』(筑摩書房)、『日本写真史を歩く』(新潮社)、『写真の現在』(未来社)、『荒木!』(白水社)、『フォトグラファーズ』(作品社)など。
飯沢耕太郎は、現在日本において最も信頼のおける写真評論家である。これまでにも、卓越した探索力を発揮した『日本写真史を歩く』をはじめ、多くの優れた業績を発表し、また写真誌「デジャ・ヴュ」の編集に鋭い感覚を見せるなど、注目すべき活動を行って来た。
『写真美術館へようこそ』は、若干の前史も含めて、写真術の発明から今日にいたるまでの写真の歴史を、70人ほどの写真家の作品を通じて明快に説き明かした好著である。もっとも、それは、多くの作家や作品を年代順に並べたというものではない。写真の持つ表現と問題の多様性を明らかにするため、全体は「光学・発明・絵画」、「鏡・肖像・裸体」、「風景・モノ・都市」、「出来事・社会・私」、「色・複製・フレーム」の五つの「部屋」に分けられ、問題ごとにそれぞれ初期から最新の動向までを辿るという巧妙な仕組みになっている。鮮明な問題意識と優れたバランス感覚に基くこの全体構成がまず見事である。それは、よほど深く写真の歴史に通曉していなければ出来ることではない。
それに加えて、作家と作品の選択における眼配りの良さと的確な批評眼が、本書のもうひとつの美点である。五つの「部屋」がそれぞれ三つずつの主題から成り立っているので、内容は全部で十五のテーマに分かれている。この多様性の上に、一世紀半の歴史のあいだに世界中で厖大な数の写真が生み出されたことを考えてみれば、70人ほどの作家の、それもほとんどの場合一人一点の代表作によって充分に説得力のある歴史を語ることは、至難の業と言ってよい。だが本書は、ニエプス、ダゲールの草創期の作品から、今道子、柴田敏雄、藤幡正樹などの最も尖鋭な試みまで、広い視野を保ちながら、つねに具体的な作品に即した簡潔適切な説明によって、見事にこの難事業に成功している。その成果は、著者の博い知識と生き生きとした批評精神を感じさせるのに充分である。本書には、歴史的な名作もむろん多く登場しているが、例えばロバート・キャパの場合、最も有名なあの「共和国兵士の死」ではなく、敢えて「Dデイ」のシリーズの一点を取り上げたところなどに、著者の独自の見識をうかがうことが出来るであろう。
解説は平明な語り言葉の文章で、きわめてわかり易いものだが、写真の本質と魅力を余すところなく説いていて、著者のしなやかな知性の強靭さを感じさせる。巻末につけられた書誌や美術館案内に見られる啓蒙的情熱も好ましい。
高階 秀爾(国立西洋美術館館長)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)