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サントリー学芸賞

選評

政治・経済 1994年受賞

真渕 勝(まぶち まさる)

『大蔵省統制の政治経済学』

(中央公論社)

1955年、神戸市生まれ。
京都大学大学院法学研究科修士課程修了。
大阪大学法学部助手、助教授を経て、現在、大阪市立大学法学部助教授。

『大蔵省統制の政治経済学』

 自民党による「一党優位制」が終ったあとに登場したのは、大蔵省による「一省優位制」である、との論評も聞かれる。それだけに、大蔵省の日本政治経済における役割につき、腰を据えて実相を解明する研究が、今ほど求められる時はないであろう。本書は、内外の政治経済学の研究成果に刺激を受けながら、大蔵省が戦後日本に担った機能を実証しようとした学術研究書である。加えて、その鮮明な問題意識と主張、そして平明な文章によって、社会的な関心への応答として読みうる作品ともなっている。
 本書が描き出すのは、財政・金融をめぐる制度配置と現実の政治状況との相互作用である。占領軍は内務省を解体しただけでなく、主計局(予算案編成)と主税局(収税機能)とを合わせ持つ大蔵省を分解しようと試みた。党人派の与党政治家も再三これにメスを入れようとした。だが、大蔵省は、歳入と歳出を同じ省が扱うからこそ責任ある均衡予算が可能なのであり、たとえば内閣に予算局を設けて政治の情動に予算案を委ねるなら、とめどない財政膨張と赤字を招来すると反論するのを常とした。大蔵省は日本銀行に対する優位をもやがて確立し、財政・徴税・金融にわたる一元的政策展開が可能な立場を築く。それは高度成長期まで健全財政を保証する制度であるかに見えた。
 であるなら、なぜ1970年代半ばから、日本は他の先進国をはるかに上回る財政赤字の山を築いたのか。この問題の応答が本書の焦点である。1968年の「財政硬直化」打開キャンペーンやPPBSの提唱とその挫折は、大蔵省にある種の失速状況をもたらし、一党優位を築いた自民党政府の財政・金融への発言権強化へと結果した。田中首相は自らの欲する超大型予算をなんなく大蔵省に請け負わせた。70年代後半には「日独機関車論」という国際的要請が福田内閣という国内共鳴板を介して財政出動を時代の課題と化すや、大蔵省・日銀・金融業界は巨大な赤字財政を運ぶ系列として機能した。かつて健全財政の保障とみえた大蔵相による予算・歳入・金融の一元的掌握が、逆方向に機能し、政治に服した大蔵省の下で他の先進国のなしえなかった財政赤字を可能にした。この制度的配置こそが、分立的仕組みであれば課すであろう制約を超えて走らせたと著者は主張する。
 もちろん本書にも問題はあろう。1975年財政は、あえて制度配置を言わずとも経済的分析によって説明しうる点が少なくあるまい。また制度論や政治経済学の最先端研究をたどった上で本書が採る手法は、伝統的に過ぎないであろうか。大蔵省の政治に対する優位という今日の状況に対し、逆の文脈で生じた当時の問題群は何を語るのだろうか。疑問が次々に湧くのは、しかし本書が重大な問題を設定しての確かな実証を試みたからこそであろう。本書が財政をめぐる制度と政治でつづった現代史の力作であることは疑いを容れないのである。

五百旗頭 真(神戸大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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