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サントリー学芸賞

選評

社会・風俗 1994年受賞

大塚 英志(おおつか えいじ)

『戦後まんがの表現空間 ―― 記号的身体の呪縛』

(法藏館)

1958年、東京都田無市生まれ。
筑波大学第一学郡人文学類卒業。
コミック誌、ゲーム誌の編集のかたわら、漫画をはじめとするメディア現象や、消費社会についての評論活動を展開。
著書:『物語消費論』(新曜社)、『少女民俗学』(光文社)、『戦後民主主義の黄昏』(PHP研究所)など。

『戦後まんがの表現空間 ―― 記号的身体の呪縛』

 マンガはすでに書籍出版の半分を占め、テレビのアニメは全世界を駆けめぐっている。
 しかし、マンガを読む人はマンガばかりを読み、活字を読む人はほどんどマンガを読まない。
 二つのグループがお互いに共有する情報がない状態で暮らしているところはまるで日本社会に異星人同士が住んでいるようなものである。
 マンガ人間と活字人間が同じ電車の中で肩を並べて読んでいる。昔はそこに年齢差があったが今はない。
 マンガと活字は元来は同じである。特に漢字はそうである。人、女、林などはそれ自体がマンガと同じく絵なのだから、情報伝達機能にそう差はないのだが、マンガの方は急速に進歩・発達して活字よりはかに豊富で鮮烈な情報を伝達するようになった。
 アメリカのコミック専門誌に“日本人はコミックの概念を変えた”と書かれてからもう10年もたった。
 日本のマンガは世界の人の思考にも大きな影響を与えつつあるが、しかし、活字人間は活字でそれを解説してくれる人がいないと分らない。
 大塚英志さんの登場がそれである。
 本書は大塚英志さんの漫画評論集としては2冊目で『〈まんが〉の構造』(弓立社)につづくものである。多くの人にとってマンガは単なるエンタテイメントだが、大塚さんはその不思議な世界の内部を解剖し、またマンガをめぐる外部の世界の見当違いなマンガ批判の批判をする。
 「まんがは巨大な閉塞した表現空間である。閉じた表現空間の内部にいる限り人は決して傷つかない。だからこそまんがは汎世界化する。戦後日本が生み落した文化の中でまんがとファミコンソフトと吉本ばななだけが皮肉なことに汎世界化してしまった。しかし閉じた表現空間は〈他者〉を無邪気に傷つけ抑圧する。汎世界化するまんがはだからこそアジアで、ヨーロッパで否応なく〈他者〉と遭遇するはずである。」
 世界もまたまんがを通じて日本を発見するだろう。
 イタリアの女性は子供が日本製アニメを見ると自然に礼儀正しくなり、親子関係もよくなると言っていたのが思いだされる。どらえもんを見る中国の少年は勉強をするようになる。
 そうした日本まんがを産みだしてきた手塚治虫、梶原一騎、それかた小生の知らなかった少女まんがの天才的作者達とそれをめぐるまんが界の内部事情、また、課長島耕作は労働しないが、ナニワ金融道の灰原青年は実によく働くなど、目からウロコが落ちる指摘が本書に満ちている。

日下 公人(ソフト化経済センター理事長)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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