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サントリー学芸賞

選評

政治・経済 1993年受賞

岡崎 哲二(おかざき てつじ)

『日本の工業化と鉄鋼産業 ―― 経済発展の比較制度分析』

(東京大学出版会)

1958年、東京都港区生まれ。
東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。
東京大学社会科学研究所助手を経て、現在、東京大学経済学部助教授。
著書:『現代日本経済システムの源流』(共編、日本経済新聞社)

『日本の工業化と鉄鋼産業 ―― 経済発展の比較制度分析』

 日本の銑鋼一貫経営は、1901年の官営八幡製鉄所の操業にはじまる。民間の鉄鋼企業も小規模ながら日露戦争を契機に次々と勃興し、第一次大戦で拡張と生産増のチャンスをつかんだ。しかし大戦が終り、欧米からの鉄鋼材輸入が再開され鉄鋼価格が下落すると、鉄鋼業は深刻な不況に見舞われる。
 本書はその後1920年代から30年代前半にかけて、日本の鉄鋼業がいかに実質為替レートの上昇による国際競争力の低下を克服し、合理化投資を実現しえたのか、そしてこの合理化投資がカルテルによる価格の安定化とどう結びついていたのか、という問に答えている。
 圧巻は何といっても、カルテルの様式・実態を明かにした第4章と第5章であろう。第4章で著者はまず銑鉄の市場構造をデッサンした後、銑鉄協同組合とインド鉄鋼業ないしインド銑輸入商がいかにして数量規制と価格規制を実現し得たのかを明らかにする。次いで鋼材の市場構造を検討し、1920年代前半に始まる合理化がいかにコスト低下と収益性回復を実現させたかを資料面からおさえ、収益性の回復がさらなる大規模投資を促した過程をも、追いかける。
 第5章では、合理化投資が民間の生銑工程を革新し、原料価格の低下と相俟ってコスト削減を可能にした経緯を描いた後、こうした投資を支えた企業金融の仕組みを個別企業のデータで解析している。そして恐慌期における銑鉄・鋼材等の鉄鋼市場のカルテルの構図を示し、製鉄合同問題の意味を検討する。この合同問題は、為替レートが低下した1930年代初めに鉄鋼業が輸出産業に転ずる時期の問題として、第6章へと論じ継がれる。
 カルテルの数量規制方式や価格形成を、これほど良質の資料で丹念に再現してみせた研究は少なくない。その点でも本書は第一級の経済史の業績といえるが、この仕事にはそれ以上の野心が含まれている。著者が序論でのびのびと論じている問題意識と分析枠組からもそのことはうかがえる。比較制度分析の視点を取り入れ、経済史と経済発展論の連係を図るというねらいである。このねらいが本書で成功しているとは思わないが、近接分野にも開かれたこうした姿勢が、経済理論と経済史の本格的な対話を可能にすることは確かであろう。本書の序論と最終章の結語をこのようなマニフェストとして読むと、今後の著者の仕事に大いに期待したくなる。

猪木 武徳(大阪大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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