選評
政治・経済 1993年受賞
『日本のガット加入問題 ―― 《レジーム理論》の分析視角による事例研究』
(東京大学出版会)
1956年、秋田市生まれ。
東京大学大学院社会学研究科国際関係論修士課程修了。
オーストラリア国立大学Ph.D.取得。
東京大学教養学部助手を経て、現在、筑波大学社会工学系専任講師(国際関係学類)。
再度の世界大戦は、人類に共通の原則やルールを作り、そのための普遍的国際組織をもって地球を支えることを求めた。現代の世界には、様々な分野の国際機関とあらゆる種類の多数国会議が氾濫している。それによって、パワー構造を基礎とする国際関係、国益をめぐる競争、二国間交渉といった伝統的な外交の姿は、一体どれほど変化を蒙ったのであろうか。パリ講和会議に出席して「英米本位の平和主義を排す」と断じた近衛文麿の悲劇の生涯は、戦前の日本が第一次大戦後の両義的状況をとらえ誤ったことを象徴している。第二次大戦後の、そして冷戦後の世界にあって、この問題の重要性は増すばかりであるが、われわれは納得のいく答を見出しているであろうか。
本書は、1955年9月10日の日本のガット加盟についてのきわめて詳細で実証的な外交史的研究でありながら、以上のような現代史の根本問題に対する応答、もしくは一つの妥当な全体像の提示たり得る作品である。
戦後日本が通商国家として再生するうえで、国際貿易に復帰し各国より最恵国待遇を得ることが不可欠であったが、何故日本は二国間交渉の積み重ね方式を斥け、ガットの多角的関係への参加方式を採ったのか。日本の加盟申請に対して各国はどう反応したのか。アメリカの積極的支持に対して、イギリス、フランスの執拗な抵抗、両者の間で揺れるオーストラリアの姿、英連邦にあっても米国に近いカナダや非白人諸国の独自の対日スタンス、等々が織りなすダイナミズムが、日本と諸外国の外交文書にもとづいて明快に再構成されている。
ガットは自由貿易実現のために国家の行動規範を定める通商協定であるが、その場にあっても、各国は国益のための闘いを止めはしない。ガットのルール自体、「二つの経典」をもって両面の必要を組み入れているとする(当時も欧州勢が「日本異質論」を唱えて無差別の加盟に反対した経緯には思わず苦笑させられる)。それでいて、国際機関の理念・原則・ルールは、結局のところ大多数の加盟国の共通利益を表現しており、意外に強靭な正当性を帯びる実情が語られている。
資料面では、著者が留学していたオーストラリアの公文書を十全に用いたことが、北半球中心主義の類書にない陰影と立体性を本書に与えている。文章は論理的にして平明であり、虚飾のない語り口である。
「レジューム論」は冒頭にかざす程のものではなく、むしろ本書のトーンを不揃いにしているとの指摘もなされたが、「レジューム論」に本書が支配されているわけではなく、その効用と限界が的確に見分けられていると評価において選考委員会は一致をみた。一つの誠実なケーススタディによって、現代史に大きな意味を持つ問題への洞察を示した作品である。
五百旗頭 真(神戸大学教授)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)