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サントリー学芸賞

選評

芸術・文学 1993年受賞

木下 直之(きのした なおゆき)

『美術という見世物 ―― 油絵茶屋の時代』

(平凡社)

1954年、静岡県浜松市生まれ。
東京芸術大学大学院芸術学専攻中退。
現在、兵庫県立近代美術館学芸員。

『美術という見世物 ―― 油絵茶屋の時代』

 この本が、一種の見世物である。
 日本に出現した最初の西洋彫刻である張りぼての「石像楽圃」、ウィーン万国博に出展された、身体を焼失してしまって首だけの「鎌倉大仏」、毛髪を一本一本植えつけ、肌は透けるような胡粉の「正写し生人形」、胎内巡りで胎児の成長過程をも示す巨大なる「浅草蔵前の女人形」、寒冷紗に泥絵具で描いた上からニスを引いて佐倉宗五郎の似顔絵などを並べたてた「油絵茶屋」、浅井忠まで動員しての赤穂浪士復讐の図などを見せる「神田パノラマ館」、神戸の布引山中(?)の写真に朱の落款も鮮やかな「写真掛軸」などを、これでもか、これでもか、というように多数の絵や写真を並べて、まるで大道香具師のように説ききたり、説きさっていくその語り口は、いったい見世物でなくてなんであろうか。
 ともあれ、著者の言いたいことは、これらの見世物が美術でなかったらなんであるか、ということである。近代日本の名建築である大阪の泉布観のタイルに見せかけたペンキ塗りの木の床と、寒冷紗に泥絵具を塗った五姓田芳柳の仕事と、どこがどう違うのか、ということである。それは、たとえば、今日、スポーツとして登場した新体操も、裃をレオタードに着替えた女曲芸師でなくてなんであるか、ということであろう。
 美術も、スポーツも、音楽も、建築も、それが安住している「近代」というものの意味が、いま問い直されている。
 明治100年のわが国の「近代」観は、一口にいって西洋模倣だった。西洋のものは、なんでも近代的なのである。しかし、西洋とは遠く離れているわが国では、必然、その形だけの模倣をもって近代としてきた。
 しかし、いま西洋が身近なものとなり、かつ、西洋文明がゆきづまりを見せるなかで、ようやく、わたしたちもまた、近代というものがなんであるかをかんがえるようになってきている。本書もまた、そういう問題意識にたって、見世物というわが国の伝統的な庶民文化を題材に、美術というものの意味を問い直そうとしているのである。

上田 篤(京都精華大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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