選評
政治・経済 1992年受賞
『インドネシア 国家と政治』
(リブロポート)
1950年、愛媛県新居浜市生まれ。
東京大学大学院社会科学科国際関係論修士課程修了。
コーネル大学Ph.D.取得。
東京大学東洋文化研究所助手、同教養学部助教授、米国コーネル大学歴史・アジア研究科助教授を経て、現在、同准教授。
インドネシアは二億近い人口が大小三千をこえる島々(無人島も入れれば島の数は一万を超え、その合計面積は日本の5.5倍にたっする)に住む世界最大の島嶼国である。文明の歴史は永く、インド文明は紀元前にすでにこの地に及んでおり、7世紀の南スマトラは東アジア有数の仏教研究センターであった。いらいインドネシアは、中国文明・イスラム教・西洋文明と、さまざまな海外文明をとりいれ、それらを共存・混淆させて現在に至っている。しかし統一国家としての歴史は浅く、インドネシア全域が統一権力の下に統治されるようになったのは、オランダによる植民地化以後、それも19世紀末以降であった。当然、インドネシアは言語的・文化的にきわめて多様であり、そこでの国民国家の形成はけっして容易な事業ではなかった。
本書は、このような複雑で巨大なインドネシアの国家体制と統治の動態を、明確な問題意識と透徹した視点から、多面的に分析した力作である。本書は、第二次世界大戦後独立を達成したインドネシア政治の歴史的変化を、スカルノの「指導者民主主義」とスハルトの「新秩序体制」との対比に即して概観した第1部「歴史的文脈」と、4分の1世紀に及ぶ新秩序体制に生じた変化を、体制を支える主要要素である国軍・華僑・イスラム・農村、そして経済発展の動因である技術革新の各分野について解明した第2部「新秩序体制のたそがれ」とから構成されている。
本書の最大の魅力は、政治学・開発経済学・文化人類学などの最新の成果を縦横に駆使しながら、しかも理論に溺れることなく、一見些細と思われる事象の中に、深い意味を読み取っているところにある。たとえば著者は、「安定」と「開発」を課題に掲げたスハルト新秩序体制下のインドネシアを、開発独裁とか権威主義体制で説明しきることにあきたらず、官僚国家(顕教)の側面と家族主義(密教)的側面との結びつきの動態に着目しているが、その際、ジャワ社会において、公式語であるインドネシア語と日用語であるジャワ語がどのように使い分けられているかの具体的分析を通じて、複雑な実態をいきいきと浮かびあがらせることに成功している。
本書の第二の特徴は、構造分析と歴史的変化の分析とがみごとに組み合わされていることである。第1部「歴史的文脈」では、スハルト新秩序体制の構造的特色を、スカルノ体制からの変化の過程をたどることを通じて立体的に解明しているし、第2部では、スハルト長期安定政権の下での静かなしかし確実な構造変化(地殻変動)を、それぞれの分野で具体的に明らかにしている。分析力と感受性に恵まれた著者による本書は、現代インドネシア政治について、国際的水準を超えた、最新・最良の解説と言えよう。
佐藤 誠三郎(慶應義塾大学教授)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)