選評
政治・経済 1990年受賞
『法と経済学 ―― 日本法の経済分析』
(弘文堂)
1954年、アメリカ・シカゴ市生まれ。
ハーバード大学ロー・スクール卒業。
連邦高等裁判所ロー・クラークや弁護士を勤めた後、カリフォルニア大学ロサンゼルス校ロー・スクール助教授を経て、現在、カリフォルニア大学ロサンゼルス校ロー・スクール教授。この間、東京大学法学部で研究のため来日。
訴訟社会であるアメリカでは弁護士の数が日本の十倍以上もある。日本では、柔らかな社会慣習が人々の行動を律しているので、紛争を法手段に訴えるようなことはしないからである。実際、日本人の法意識と裁判制度の間には大きなズレが在る…。
こうしたほとんど疑いようのない通念として内外にまかりとおっている考えに、本書の著者、ラムザイヤー氏は、科学的な疑念を挟んだ。そういうと、読者は、日本の微妙な慣習に鈍感なアメリカ人の学者が、ハード・ボイルドな欧米理論を駆使して、快刀乱麻の離れ業をやってのけたと思われるかもしれない。
ところが、著者は、18才位まで日本に住み、高度の内容ある本を明快な日本語で書き下だし、また川島教授らの通説的学説をも、謙譲の態度を持しつつ、批判の対象とし得る繊細さを持ち合わせているのである。他方で、著者は、上記のような通説を批判するのに、1980年代の経済学分析の最新のツールを適切に援用しながら、日本人の法行動に関する仮説を建て、それを自動車事故における訴訟と示談の選択とか、メーンバンクと取引先企業の関係とかに関する実証的なデータにもとづき、それを証明しようとしている。アメリカの学問的伝統の良き面を引継いでいる。日本社会の正当な国際的理解に資するところも大であろう。
そうはいっても、この書物は、生硬な専門書というわけでもない。例えば非訴訟社会といわれる日本でも、なぜ法の影響が法の内容を知らない当事者の行動にまで及ぶのか、などの説明を聞く時、氾濫する日本人論に食傷気味の一般読者も、目が洗われる思いがするであろう。著者はまた、「法と経済」という新しい学問分野の成り立ちや、「評判」の効果のゲーム論的分析などの要領の良い説明もしているので、判例の勉強でうんざりした経験のある読者や、1980年代の理論経済学の最新の成果について知りたいと思っている読者にも勧められる。
日本の社会科学的研究の画期的な、国際的な業績として、広く読まれることを期待したい。
青木 昌彦(京都大学・スタンフォード大学教授)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)