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サントリー学芸賞

選評

政治・経済 1990年受賞

石井 菜穂子(いしい なおこ)

『政策協調の経済学』

(日本経済新聞社)

東京大学経済学部卒業。
東京大学大学院社会科学科国際関係論修士課程修了。
大蔵省に入省。国際金融局、国税庁国際業務室、弘前税務署長、主税局調査課などを経て、現在、大蔵省主税局国際租税課課長補佐。この間、ハーバード大学国際問題研究所に留学。
著書:『日本経済論争』(共著、TBSブリタニカ)

『政策協調の経済学』

 戦後世界の覇権を握っていたアメリカの経済力が低下し、1985年には世界最大の債務国に転落した。このため、基軸通貨ドルに対する信認が揺らぎ、1987年10月にはいわゆるブラック・マンデーが発生した。このような国際金融不安の再発はいかにして回避されうるのであろうか。そのひとつの有力な方法は先進諸国間の政策協調である。各国独自の政策決定に委ねられてきた金融財政政策を国際的な協議のもとに修正し、また、為替レートの急激な変動を協調介入によって防止することなどにより、国際経済の安定化を図ろうとするのが政策協調の考え方である。
 特に、いわゆる「サスティナビリティ問題」(アメリカの貿易収支赤字が現在のような水準で推移した場合、国際金融市場の混乱は避けられるのかどうか、避けられるとした場合、そのための条件とは何かといった問題)に関しては、現時点ではかつてほどの危機的意識の高まりは見られないが、かといってこの問題が消滅したわけではない。それどころか、最近のイラク危機とアメリカ経済の低迷、双子の赤字問題の顕在化と急速なドル安に見られるように、90年代の世界経済は決して楽観を許すものではない。
 石井氏はこのことを繰り返し強調しており、今後とも先進国間の政策協調を継続することが、安定的な世界経済の運用にとってきわめて重要だという認識の根拠を説得的に示すことに成功している。特に評価すべきなのは、政策協調を財政金融政策といったマクロ面に限定せず、制度格差の是正、市場開放などのミクロの構造調整が重要であり、今後はマクロの調整とミクロの調整を併せて「包括的に」政策協調を目指すべきだという考え方を前面に押し出していることであろう。
 「サスティナビリティ問題」というきわめて現実的な問題に対して、石井氏が示したアプローチは、現実・理論・実証のバランスがほどよく取れたものであり、また、タイミングの上からも時宜を得たものである。本書の魅力は、まず第一に、日米経済の現状に対する理解及び問題意識が的確なことである。特に、90年代前半のアメリカ経済は巨大な財政赤字削減の必要から、減速を余儀なくされており、その意味では87年以上に国際金融不安の可能性は高いとさえ言える。第二は、政策協調に関するこれまでの研究成果が過不足なく丹念に消化されていることである。この分野での研究の最先端を知ろうとする向きには非常に好都合だ。さらに、第三に、自らのシミュレーション分析を示すことによって、政策協調の具体的効果を計測し、単なる理論的可能性だけではなく、現実性のある政策提言がなされていることである。
 以上の理由から、サントリー学芸賞選考委員会は本書が同賞に値する労作であることを認定した。

中谷 巌(大阪大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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